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僕と熊


二話 僕と熊



 家に帰って熊男に押し付けられたチラシを読んでみると謎だったフルキンの正体が明らかになった。チラシの内容はこうだ。




 篠井(しのい)商店街からご当地アイドル誕生!みんなで応援しよう!あなたもフルキンサポーターに☆

 

このたび篠井商店街から町おこしの一環としてご当地アイドルが誕生することになりました!グループ名は「フルーツ王国キングダム」略してフルキンです♪


 篠井商店街と長野県の魅力を他県の皆様、いえ!世界の皆様まで広くお伝えできるようにがんばりたいと思います!


 そこで今回、フルキンをサポートしてくださる方を募集します。フルキンサポーターの皆様に行っていただく内容は次に記載します。


○ライブイベントサポート(機材の搬入、物販、会場整備、清掃等)

○広報活動(駅前でのチラシ配り、ホームページの作成)

○ミーティング(月一程度開催。ライブ打ち合わせ、グッズの企画等)。

 高校生以上の方。(学生さんは親御さんの承諾が必要です)

 公式ホームページを立ち上げる予定です!PC扱える方、優遇措置あり。

 給与、シフト等詳しい内容は四月六日(土)午後二時 篠井公民館ホールで開催されるサポーター面接にてお伝えいたします。履歴書を御持参のうえ、ご参加ください。


 たくさんの皆様のご応募お待ちしております!!





「ご当地アイドル…ねえ」


 チラシを一通り読み終えた僕は、ベッドにごろりと仰向けになった。

眺めているチラシのなかでは、ポスターと同じ昭和タッチの女の子たちが歌っていた。

水玉、ひらひらの衣装…うーん、僕の趣味じゃないな。

今はアイドルだって可愛い系だけじゃないんだ。クールなレイ。セクシーな愛華。そして王道キュート代表みいな。あ、キュートは可愛い系か。


「これ、時給いくらもらえるんだろ。PCはネット巡回くらいしかできないから無理だけど、裏方ならいいかもなあ。機材搬入ならあんまり会話しなくて済みそうだし」


 チラシをもう一回熟読してみる。なんだか僕にもできそうな気がしてきた。バイトはしたことないけど、清掃や機材運ぶくらいなら出来そうだ。ライブやミーティングは不定期だろうから、ゲームをする時間も十分確保できるだろう。あとは親の承諾か。


「うちの親、意外と過保護だから反対したりして。そしたら小遣い増やしてもらおう。ていうか、そのほうが手っ取り早いかも」


 僕は起き上るとチラシを持って部屋を出た。廊下に出ると姉貴が頭をがりがり掻きながら歩いてきた。


「オタふみぃ、なにガンつけてんだ。あっちいけや」


 姉貴、橋本美奈(みな)は専門学校の一年生。二歳違いで僕とは正反対の人間だ。中学から高校までヤンキーのチームに属していて毎日夜から朝まで遊び歩いていた。耳はピアスの穴だらけ。手首には根性焼きの痕。そんなオタクの天敵みたいなやつだ。


それがなにを思ったか、去年「歯科助手目指すことに決めたわ」とか言い出した。色素が抜けきった髪を黒染めして、猛勉強を開始。今まで勉強なんかほとんどしてこなかったくせに、半年の追い込みで学校に合格した。自分の名前の漢字間違えてた姉貴が、だ。しかし今後、奇跡的に職に就けたとして、医療ミスを起こしそうでおっかない…。


「あのさあ」

「んだよ?いまから山風見るんだから邪魔すんな」

「姉ちゃんてバイトしたことあんの?」

「あるに決まってんだろ。高校んときはいろいろやらかしすぎて、ママがお小遣いくんなかったから、やるしかなかったし」


と、鼻で笑う姉。


「…ちなみになにやってたの?」

「ふみには言えんようなやつ。聞くな」


あ、そ。姉貴に聞いた僕の馬鹿。


「ふみ、バイトすんの?」

「う~ん。検討中」

「マックルナルドとか?マックルだったら姉ちゃんにハンバーガーお土産に持ってこいや。マックルフルフルリィのいちご味も」

 超絶人見知りの僕がマックルで働けるかっ!スマイル¥0できないからっ!!

「アイドルのイベントの裏方やろうかなって思ってるんだ。機材運んだり…」

「グラビア撮影か?ふみのくせに生意気だ。一発殴らせろ」

「どこのジャイ○ンだ!全然ちがうわ!!」


 姉貴と話してても埒が明かない。

 僕はさらに絡もうとしてくる姉貴を振り切って、僕は階下へ向かった。リビングでは父さんと母さんが晩酌を楽しんでいた。


「あのさ、ちょっと話があるんだけど」


 母さんが紅潮した顔で振り向いた。母さんは酒に弱い。なのに酒好きっていう矛盾…。


「なによ、ふみ。あ、お父さんのパジャマ見つかったわよ。自分でなくしといて、すぐ人にどこにやったどこにやったって聞くんだから。まったく…」

「えーっと…あのさ、僕バイトしたいんだよね。だめ?」

「ああ、バイトね。いいんじゃない。ハンコとかいるならお父さんに押してもらいなさい。お母さんはお風呂入って寝るから。あ、またブレーカー落とさないでね!じゃ、おやすみ」


 母さん退場。僕はゲソをつまんでいる父さんに声をかけた。


「なんだ…ふみ。なにか欲しいものでもあるのか?」

「あー、うん。そんなかんじ」

「そうか……。まあ…がんばれよ」


 え、めちゃくちゃあっさりオーケー出ちゃったよ。

 まあ、いいや。とりあえず承認は貰えたから、面接でもなんでも行ってやる!アイマイのため!みいなのため!




篠井公民館は商店街のちょうど真ん中にある二階建ての建物だ。一階がホールで、二階が和室一部屋と洋室が一部屋、そして水回りという造りだ。小学生のころ、クリスマス会で使ったことがあったが、来るのは久しぶりだった。


玄関の前には「フルキンサポーター面接会場」と書かれた立て看板が置かれていた。

僕は恐る恐る公民館に入った。

もしかしてこのバイトって結構人集まってるのか?倍率高かったら貧弱高校生の僕なんてはじき出されてしまいそうだ…。

スリッパに履き替えてホールに向かう。ホールからは人のざわめき合う声が聞こえてくる。開けられたドアから中に入ると…


「う…あ」


 僕は思わずたじろいだ。会場には四十人を超える人々が集まっていた。そのほとんどが僕より年上だと思しき男の人。僕以外に高校生らしき姿は見つけられなかった。


「どうしよ…僕、めちゃくちゃ場違いかも…」


 僕は無意識に後ずさる。すると、ホールの奥でパイプ椅子に腰かけていた係の人が立ち上がった。彼は僕の前まで歩いてくると、やわらかく微笑んだ。


「受付はもうされましたか?ご持参の履歴書を提出していただいて、このナンバープレートをお持ちください。その番号順に面接しますので」

「あ、ああ、あっ…えっと…」


 僕は慌てて鞄から履歴書を引っ張り出した。履歴書を受け取ったスタッフさんはまた、蓮華の上を撫でていく春風のような微笑みを浮かべた。


「学生さん?応募してくれてありがとう。合格したら一緒にフルキンを盛り上げていこうねっ」

「あへっ…!?あ、はひっ」

「じゃあ、面接頑張って!」


 お兄さんはそう言い残すともとの席に戻っていった。

キシリトールのガムみたいにさわやかな人だったなあ。あんなさわやかさがなきゃ合格できないなら、絶対合格不可能だろ…。


それにしても、僕のリアクション気色悪すぎだっ!初対面の人とは普通の会話ですらままならない!

あああー!!こんなんじゃ面接不安すぎる――!!




 その後もそわそわしながら突っ立っていると、急に会場が静かになった。我に返ってあたりを見回すと、ホールのステージに一人の男がのしのしと上がってくるところだった。男はマイクを取ると話し始めた。


「お集まりのみなさん、こんにちは。私はフルーツ王国(キングダム)発案者で、篠井商店街で乾物屋をしております松本(まつもと)剛造(たけぞう)です」


 あれ…この唸ってるみたいな声って…たしか、あの時の――。


「熊男!」


 僕の呟きに反応して、横にいたおじさんが「おおっ?」と声をあげてこちらを見た。僕は慌てて目を伏せた。

 壇上の熊男こと松本剛造はさらに続けた。


「たくさんの皆様に集まっていただけたことを大変うれしく思います。予算の関係で今回の採用枠は五名とさせていただきますが、フルーツ王国の活動の幅が広がっていけばさらにメンバーを増やしていくことも考えております」


 ご、五名?四十人以上いるなかで五人しか採用されないって?

 高校受験の時より倍率高いよ!!


「なお、給与は基本的に時給制となっております。学生の方は千円。それ以外の方は千二百円。チラシにも掲載しましたが、公式ホームページ制作を行っていただけるPCスキルのある方に関しましては、千五百円とさせていただきます」


 せ、千円…。マックルよりかなり高い時給だ…。郷戸のホームセンターは高校生七百五十円って言ってたし、これ相当割のいいバイトかも。でも採用枠五名じゃ厳しすぎる…。


「サポーターになっていただいた方には、末永くフルーツ王国を支えてもらいたいと思っております。よろしくお願いいたします。では、さっそくですが面接を開始します。番号を呼ばれた方から二階にある洋室へお越しください。終わった方はホールに戻ってきてください。全員終わり次第、このホールにて採用結果をお知らせいたします」


 うげえ。結果、すぐ発表されちゃうのか。普通後日採用通知が届くとかそんなかんじじ

ゃないのか。


「一番から五番までの方。二階へどうぞ」


 先ほどのさわやかお兄さんが声を張り上げた。僕は手元のナンバープレートを見る。番号は三十六。プレートは手汗でじっとり湿っていた。

もうなんでもいいや。さっさと終わらせて帰りたいよ。やっぱ僕みたいなのにバイトはハードルが高すぎたんだ。



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