リベンジへ向けて
十九話 リベンジへ向けて
「っと…。僕が勝手に考えたことなんで、実際効果があるかとか全然わかんなくて…。素人考えだしうまくいくかホントわかんないんですけど…あのぅ…」
「前置きはいい。さっさと言え」
横から笠谷さんの鋭い声が飛ぶ。またつねられるかと身構えたが、笠谷さんは頬杖をついたまま動かなかった。ほっと息をついて、僕は話し出す。
「えと…まずはさっき健吾さんが言ってた物販についてなんですけど…。これからしばらくは利益度外視でいったほうがいいと思うんです。ラミカや生写真は無配にするとか…」
「なにぃ!?無配!無料で配るってことか!?そんなことできるかぁ!」
剛造さんが吼える。
怒鳴り声にすっかり委縮して、意見を出す気力が萎えてしまった。
「剛造さん。最後まで聞いてあげてくださいよ。橋本君が一生懸命考えてくれた意見なんですから」
「うむう…。橋本、続けろ」
健吾さんのとりなしで、僕はびくつきながら続けた。
「今はまず、フルーツ王国をみんなに知ってもらうことを目標にしなきゃいけないと思います。知らないアイドルグループのロゴやオリキャラが載ってるグッズを、高いお金を払ってまで買う人はそうそういませんよ。厳しいけど、これが現状です」
少し言い過ぎたかな…。
僕は不安に駆られてみんなの顔を見渡してみた。
みんな真剣な面持ちで僕の話に聞き入っている。
安心したような…ちょっと怖いような…。複雑な気持ちになりながら、僕はさらに続けた。
「春花さんの考えてくれた『もなっぷる』ってオリジナルキャラは良いと思います。あとはもなっぷるを使って、なるべく低コストで実用性のあるものをグッズとして販売したらいいんじゃないでしょうか。よく知らないアイドルのグッズでも安くて実用性に足るものだったら、興味を持ってもらえる可能性も高まりますし」
「実用性かあ。ペンとかタオルとか?けどこの前出したタオル、全然売れなかったよね?」
美空さんが前髪をふぁさっとしながら言った。
いちいちポーズつけなきゃ発言できないのか、この人は…。
「こないだのは…値段設定が甘かったと思います。タオルなんて普通に百均で買えますからね。そこに付加価値をつけられなきゃ、ただのぼったくり商品になっちゃいますよ。いまのフルキンじゃ、二千円で売るほどの付加価値はつけられなかったってことです」
僕のシビアな物言いに剛造さんが低く唸って怖かったけど、ここでやめるわけにはいかない。僕は続ける。
「あとは、メンバーの歌とダンスですけど…。正直これは練習量の問題だと思います」
「練習…」
春花さんが申し訳なさそうに俯いた。富士子さんと絢ちゃんも、気まずそうに目をそらした。
「バルーンフェスタの開催日はいつでしたっけ?」
僕が尋ねると、剛造さんが「延期がなけりゃ、八月の第二日曜日だ」と答えた。
「ままま、また一か月とすこししか…時間がないのですね…。だだ、ぶぁいじょうぶでしょうか…?」
噛み噛みになりながら心配する榎本さんに僕は頷いた。
「時間は少ないですが…なんとかするしかないと思います。メンバーのみなさんにはなるべく時間を作ってもらって三人合わせての共同練習をしてもらいたいです。それとできれば…ボイトレやダンスを教えてくれる人についてもらえたらいいんですけど…」
「あ、それなら心あたりがあるよ」
ダメもとで言ってみた提案に健吾さんが手をあげて反応してくれた。
「橋本君とお友達が作ってくれた曲に振りをつけてくれた人、篠井商店街の人なんだ。進学塾の隣のビルあるでしょ?あそこで子供たちにジャズダンスを教えてる講師の人でね。うちの小学校でも何人か通ってる子がいるんだ。そんな関係で頼んだら引き受けてくれたんだけど…頼めばダンスのコーチもしてもらえるかもしれない」
「ほんとですか!?」
「かけあってみるよ。せっかく橋本君が提案してくれたんだしね」
健吾さんの王子スマイルが眩しかった。目をくらませている僕に向かって話しかけたのは、シャツはだけ王子の美空さんだった。
「あとはボイトレだっけ?元カノちゃんの友達が、カラオケのガイドボーカルいれる仕事してるって聞いたから頼んでみよっか?ガイドボーカルやってるなら当然ボイトレもやってるだろうし~」
「も…元カノちゃんの…」
「あっ、全然平気だから~。俺、別れても普通に友達として付き合えちゃうタイプだからさ☆」
うっ……わあ。すごいイライラするよう、この人。
でもボイトレ教えてくれるならありがたい話だ。
正味、今のフルーツ王国の歌は素人レベルかそれ以下だ。
ご当地アイドルだからといって、歌やダンスに手抜きするのは絶対ダメだと僕は思ってる。全力でやってるところを見せないと、観客にはなにも伝わらない。
「橋本、提案はそれで終わりか?」
剛造さんが問う。僕は最後にどうしても言いたかったことを言ってみることにした。
「健吾さんの言ってたこととかぶっちゃうんですけど…。僕らスタッフもフルーツ王国の一員、なんですよね?なのに、どこか甘えっていうか…無責任なとこがあったんじゃないかなって思うんです与えられたことだけやっとけばいいや…みたいな。僕がその代表だったんで、こんなこと言えた身分じゃないんですけど…」
春花さんが真剣なまなざしで僕を見つめている。一瞬、病院での春花さんとのやりとりが頭をよぎった。
「僕らただのバイトかもしんないですけど……できること、全部!頑張ってみませんか!メンバーだけに任せとくんじゃなくて、スタッフの僕らにもできることは全部しましょう!そうじゃなきゃ……この企画、フルキンは終わっちゃいます!だから…――!」
室内は張りつめたような静けさに包まれた。
なんだ?なんで僕、こんな熱くなっちゃってんだ?
学校で文化祭の企画立てたときだって、自分には関係ないやって態度でアイマイの雑誌読んでた。
就学旅行のコース決めも、リア充さんたちで決めちゃっていいよってスタンス貫いてたし…。
僕、こんな奴だよ。
それなのに、なんで今…こんなとこで熱弁振るっちゃってるんだ?
「…言いたいことはよくわかった」
静寂に亀裂を入れたのは剛造さんだった。
のしのしと僕に歩み寄ると、毛むくじゃらのぶっとい腕を突き出してきた。
「あ…あぇ?」
「ほら、手だせ」
おそるおそる腕を伸ばすと、がしりと手を掴まれた。熱くて厚い手が僕の手を包んだ。
「お前、いい顔になったじゃねえか」
「あ…ぇぇ!?前からこんなんですけど…」
「お前の言うとおり…全力でやってみよう。この企画、このまま立ち消えにゃしたくねえ。みんなも…力、貸してくれ!」
僕の手をグワシと掴んだまま、剛造さんが吼えた。再び静かになる室内。
すると、春花さんがいきなり勢いよく立ち上がって叫んだ。
「やりましょう!みんなで!私、今度は絶対頑張ります!絶対絶対頑張りますから!」
そんな春花さんを呆れた表情で見つめているのは富士子さん。しかしその表情はどこか嬉しそうだった。
「春花、あんたテンション高すぎよ。またコケるんじゃないわよ」
「おばさんも口パクはやめなよ?あんたのソロパートまでフォローしきれないからさ」
「おばさんはやめなさいって言ってるでしょ!私はまだ二十代よ!」
「ドモホルマリンクル」
「キイイイ!!」
絢ちゃんも富士子さんとコントみたいな掛け合いを繰り広げながら、前より和らいだ表情を浮かべていた。
「ラミカと写真、無配にするなら少し貰ってっていいかな?僕のハニーちゃんたちに配って宣伝してもらうからさ☆」
美空さん、提案はありがたいんですけど意味不明なポーズでかっこつけるのはやめてください。こっちが赤面しちゃうよ、まったく…。
「今度はでかいイベントだから機材搬入は向こうのスタッフがやるんだろうな。となると、俺はなにしたらいいんだ?言っとくが、ダンスや歌に関しちゃなにもできねえぞ」
岩島さんが仏頂面でそう言った。僕は少し考えてから「宣伝!」と言った。
「あ?宣伝?」
「そう!宣伝です!!長野駅前や篠井駅前で、フルキンの紹介とライブの日にちを載せたビラを配るとか!!」
岩島さんはふうん、と考え込んでいたがやがて静かに呟いた。
「地味…だな」
「ううっ…たしかにそうなんですけど…でも!フルキンを知ってもらうには大事なことだと思います!テレビCM打ったりするのはコストがかかりますけど、ビラなら安く済みますし…」
地味な単純作業を押し付けてしまったみたいで、僕はしどろもどろに返答する。
そこに榎本さんが入ってきた。
「いいい、いいんじゃないですか!せ、宣伝。わ、わたくしも今回は音響でお役に立てることはなさそうなので…ぜぜ、是非やらせてくだひぁい」
ああ…また噛んじゃったよ。
だけど榎本さんの申し出はとてもありがたかった。今はとにかく大勢の人にフルーツ王国を知ってもらいたい。
「ありがとうございます!僕も学校終わったらビラ配りにいきます!友達にも配ります!」
友達……あんまいないけどね…。
けど、リア充代表選手のハヤちゃんに渡せばかなりの効果がありそうだな。女バス軍団がこぞって受け取りにきそうだ…。
くっ、ハヤちゃんめ!うらやまし……いやいや。僕にはみいながいるし!!二次元最高!!!!
「橋本」
「はい?……ぅあ…!!笠谷…さん…」
声をかけてきたのは因縁の笠谷さんだ。相変わらずのねちねち視線で、僕を絡め取ろうとしているようだ。
僕は震え声であうあう言うのが精いっぱいだ。誰か…フォローミー…。
「お前、ムカつくがやっぱおもしれえわ。協力してやるからありがたく思えよ?」
「あぅあ………は?」
「『は?』じゃねえよ。協力するって言ってんだ。多忙なS大生の俺がな。感謝しろ」
眼鏡の位置を直しながら不敵に笑ってるけど…。
もう!なんなんだよこの人…。なんでこんなに絡んでくるのかなあ?
もしかして……好きな子ほど苛めたくなっちゃう心理ってやつですかね?
うわあ、僕ソッチの趣味ないっす!!
「橋本…お前いま俺のこと馬鹿にしたな?」
「うぇっ!?いいい、いえ!てか僕、なんも言ってないし…!!」
「心の声が伝わってたぞ…?まあ、いい。俺はホームページを、ご当地アイドルの総合サイトに載せてもらえるように掛け合う。そうすれば閲覧数も増やせるはずだ。それとご当地アイドルのマニアがやってる個人サイトにも、リンク貼らせてもらえるよう連絡をつける。あとやってほしいこと思いついたら言ってこい。あ、ビラ配りみたいな肉体労働はやらねえぞ?俺はこの企画のブレインだからな」
うへえ。ブレインときましたか。ほんと常に上から目線なんだから…。
全員の意見が出そろったところで、健吾さんがパシンと手を叩いた。
「みなさん、ありがとうございます!橋本君が言ってくれたように、ライブまでの一か月強…全力で活動に当たりましょう!!」
僕ら全員、健吾さんの言葉にうなずいた。
今度は…今度こそは絶対成功させる!
僕はさっき剛造さんと握手を交わした左手を、爪がくいこむくらい強く握りしめた。




