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セカンドステージ

十八話 セカンドステージ



久しぶりのミーティングが行われたのは、篠井どんぴしゃでのライブ終了から二週間後のことだった。

フルキン企画が立ち消えていなかったことに、僕は心底安堵した。


「橋本くん、こんにちはー!!…って…あれ?なんか元気ない?」

「いでっ…い…や、そんなことないっす。元気百倍っす…」


 ふんわり笑顔の春花さんに引きつった笑みを返す。


机の下では隣に座った笠谷さんに、なぜか脇腹をぎりぎりとつねられていた…。

ドSか、あんたは!これ絶対痣になる…高校生虐待!!


 壁の時計が二時を指したとき、剛造さんと健吾さんが入ってきた。


「みなさん、ご苦労様です」

「おうっ!みんな集まってるな!」


 剛造さんはこの間の落ち込みが嘘のように立ち直っていた。

やっぱりこの熊おじさんには、豪胆な笑い声と怒鳴り声が似合うと思う。


 改めて室内を見渡すと、珍しいことに全員が集まってた。


出席率が極端に少なかった富士子さんと絢ちゃんも来ている。

どんぴしゃのライブが堪えたのかな?それともなにか心境の変化でもあったとか?


とにもかくにも、来てくれて嬉しいことに変わりはなかった。春花さんがいくら頑張ってくれても、グループとしてバラバラだったら意味がない。


「それでは時間になりましたので…。今日は今後の活動について話合いをしたいと思います」

 健吾さんが歯磨き粉や洗剤のCMに出てきそうなさわやかな笑顔でそう言った。


「初ライブを終えて、いくつか見直していくべき点が見つかりました。メンバーに関していえば、あきらかな練習不足がはっきりと見て取れました。それから我々スタッフに関しても反省すべき点は多々あります。物販の構想をもっと詰めて行うべきでしたし、メンバーの練習にも積極的に参加して意見を出すべきでした。我々スタッフもフルーツ王国の一員です。それを心に留めた上で、次回のライブに向けて頑張りましょう」


 健吾さん、にこにこしてるだけだと思ってたけど、真剣に考えてたんだ…。

 ……あれ?今、次のライブって言わなかったか?


「あの…次のライブ…」

「次のライブ、もう決まったんですか!?」


 僕の問いに被せるように大声で尋ねたのは春花さんだった。

健吾さんは頷くと、マジックを取ってホワイトボードに書きだした。


『長野バルーンフェスタ』


 長野バルーンスェスタ。

それは、長野市にある信濃公園で毎年行われる大きなお祭りだ。

バルーンフェスタという名前の通り、当日は各地から集められた熱気球が信濃公園の空を舞う。


公園といっても、かなり広大な面積を持つ場所なのでたくさんの気球を飛ばすことができるのだ。祭りでは、熱気球の飛行以外とは別にイベントが行われる。

篠井どんぴしゃのときとは比べ物にならないほど大きなステージが組まれ、長野県やその近県などから集った実力者たちが毎年出演している。


そんな大きなイベントにフルーツ王国が出演するっていうのか!?


「俺、何回か行ったことあるけど、かなり大きいイベントだよね?大丈夫なの?」


 そう聞いたのは美空さん。今日は紫のテラテラしたシャツにブラックデニムという装い。もちろん胸元は大胆にはだけている。はだけるなよ…。誰得なんだ…?


「俺の知り合いがバルーンフェスタの開催委員でな。話を通してくれたんだ」


 剛造さんは誇らしげにそう答えた。

いや…誇らしげなのはいいんだけど、美空さんの質問に全然答えてないよね…?


「う…うわあ…すごい!!すごいですよ!!私たちがバルーンフェスタのステージで歌えるなんて!!今年はゲストに東野カナちゃんが来るんですよね!?すごい!すごい!カナちゃんと同じステージですよ!?きゃああ!!」


 春花さんは既に興奮マックス状態だ。

わかってるのかなあ。こんな大規模なイベントでこないだみたいな失敗したら怪我くらいじゃすまないってこと…。フルーツ王国のアイドル生命が断たれるかもしれないんだよ?。

全国のみなさんに知ってもらう前に、県内でこけて消えてしまうなんてあんまりだ…。


「…水を差すようで悪いが…イベントは実力者揃いだぞ。そのなかで醜態晒したらとんでもねえことになる。町おこしどころか篠井商店街を貶める結果になるかもしれねえ。その覚悟、できてんのか?」


 僕の考えと同じことをストレートな言葉で発したのは、岩島さんだった。

ブリーチ毛をぐしゃぐしゃ掻きながら、春花さんを見据えている。春花さんは言葉に詰まって黙り込んでしまった。


「ま、まあまあ…岩島君…。喜ばしいことじゃないですか!は、反省を活かして努力すれば、きっとだいじょうぶぇすよ!」

せっかくのフォローで盛大に噛んだのは、どもリーマンの榎本さん。しきりにハンカチで顔をぬぐっている。


 そのときガタリ、と音がした。

顔をあげると、富士子さんが立ち上がっていた。


なんだ、この人。まさかまた「帰らせてもらうわ」なんて言いだしたりしないだろうな…。不安げに彼女を見つめる僕たち。


富士子さんはふうっと息をついてから言った。

「いいんじゃない?やりましょ。バルーンフェスタ?上等じゃない」


 全員が「え!?」と声を上げた。

まさか、この人からこんなにやる気に満ちた言葉が聞けるなんて。いったいどんな心境の変化があったんですか!?


「こないだは…私も本気出してなかったからあんな結果になっちゃったけど。今回は本気でやってあげる。バルーンフェスタの出演者で素敵なメンズがいるかもしれないし?」


 男目当てかよ…。まあ、やる気出してくれたからいいけどさ。

 春花さんも富士子さんもやる気は十分。これなら共同練習もできそうだ!


 あとは…絢ちゃんかあ。

 ちらり、と絢ちゃんを見る。と、ジト目で睨み返された。


「なに見てんだよ?」

「あ…いやあ…その」

「…心配しなくてもやることはやるよ。面白くもないのにニコニコしろってのは難しいけど、おばさんたちのフォローくらいならやってもいいよ」

「おばっ……!!」


「おばさん」というワードに激昂しかける富士子さんを、春花さんが必死に制す。

 絢ちゃんはそっぽを向いて言った。


「ちゃんとやらねえと、くそ親父が気持ち悪いんだよ。朝飯も作らなくなるし。朝練に身が入らないっての」

「うるせえ。誰がくそだ。たまにはメシぐれえテメエでつくってみろ」

 言葉を返したのは剛造さん。


くそ親父…?おやじ…オヤジ…親父…?親父!?

「えええっ!?絢ちゃんのお父さんて…た、剛造さん!?」


 思わず叫んでしまった。剛造さんは唸り声をあげて僕を不審そうに見据えた。


「なんだあ?知らんかったのか?松本絢、松本剛造。苗字おなじだろうが」

「だだだ、だけどっ!!顔が、全然…!!」

「橋本…お前、意外と失礼な奴だな。絢は死んだ母親似だ」

「あ…ああ。そう…なんすか」


 あ~…びっくりした。

ふてくされてる絢ちゃんと、笑っている剛造さんを見比べる。うん…やっぱ似てない。


心なしか、二人の間の空気は心なしかやわらかくなっている気がして、僕は思わずにやっと笑う。「にやにやすんな!きもい!」とすかさず絢ちゃんに突っ込まれてしまったけど…。


「話が逸れたな。本筋に戻そう。バルーンフェスタだが…知ってのとおりでかい祭りだ。前回のような甘ったれたステージが許される場所じゃねえ。気合をいれてかからねえと、岩島の言うとおり、フルーツ王国の活動生命が断たれる可能性も十分ある。そこで…だ」


 剛造さんは言葉を切った。そして僕の方に向き直る。

え……嫌な予感しかしないんですけど…。


「橋本、お前なんか意見だせ」

「うぅえぇ!?」

「プロデューサーだろうが。これからなにをどうしてったらいいか、提案してみろ。できることならなんでもしていくつもりだ。言ってみろ」

「また無茶ぶりを……」

「なんだと?」

「い、いえ…なんでもないっす…」


 うあ。またいきなり振ってくるんだもんな。僕のことなんだと思ってるんだ。

けど、フルキンをなんとかしなきゃいけないのは確かで…。春花さんにも、頑張りますとか言いきっちゃったし…。


春花さんのほうを見やると「がんばれ」と口パクで言っているのがわかった。


ここは無い知恵振り絞るしかないか…。


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