ステージへ
十三話 ステージへ
「――だからねっ!こう言ってやったんですよ!!『それはシュークリームじゃない……クリーム味のおやきだっ』ってね!!」
「なんだよそれ!!いいかげんにしろっ!!」
『どうもマサツ熱でしたっ!!ありがとうございましたあ!!』
会場から聞こえる拍手を背中に受けながら、お笑いコンビ『マサツ熱』の二人が舞台そでに戻ってきた。近くに控えていた僕に片手をあげてあいさつしてくれたので、慌てて頭をさげた。
マサツ熱の漫才をちゃんと見たのは初めてだったけど、なかなかおもしろかった。長野のご当地ネタがたくさん出てきたりして、お客さんも喜んでた。さっきは剛造さんの怒鳴り声でネタ合わせが中断してしまっていたようだったけれど、それを感じさせない巧みなしゃべりだった。やっぱりテレビに出ているプロはちがうなあ。
ステージはいま十分休憩に入っている。これが終わったらついにフルーツ王国の出番がやってくる。
榎本さんは先ほどから機材の最終チェックに余念がない。
監視役の岩島さんは、早々にステージ下に行ってしまった。
美空さんと健吾さんも、グッズが入った段ボールを抱えて出て行った。
僕は舞台袖で笠谷さんにいびられながら、メンバー達を待っていた。フルキン三人組は、メイクに時間がかかっているのか、更衣室に入ったきりまだ姿を見せない。
「やばい……あと五分くらいしかないぞ。メンバーなにやってんだよ!声かけてみた方がいいのかな?」
不安を隠せずおどおどする僕とは対照的に、笠谷さんは余裕の表情でパイプ椅子に座り、パソコンをいじっている。
「さあな。案外、バックレてたりしてな……くくっ」
「不吉なこと言わないでくださいよっ!ここまできて、さすがにそれはないでしょっ」
「わからんぞ。メンバー同士不仲みたいだったからな。仲間割れしてバックレ…ありえん話じゃないだろう?俺の作ってやった公式ホームページのBBSが早速荒れ狂うことになりそうだ……くくっ」
「なんで楽しそうなんすか!?」
僕は頭を抱えた。すると、岩島さんが設営した簡易更衣室のカーテンがするりと開かれた。
「主役がおいでなすったぞ」
笠谷さんが皮肉っぽい口調でそう言った。
出てきたのはフルーツ王国の妖精に変身を遂げたメンバーたち。
「すみませんっ!お化粧とかつらをかぶるのに時間がかかっちゃいましたっ」
そう言いながら走ってきた春花さんは、僕の前まで来て両手を合わせた。
その後に続いてきたのは、ピンクの巻き髪にメイクアップした富士子さんだ。
「ウィッグ、こないだとおなじじゃない!なんでこんな原色ピンクなのよ!」
「いいじゃないですかぁ。富士子さん、原色似合いますしっ」
「あ、あらそう?まあいいわ。衣装は前のよりずっとまともになったし」
僕は改めて二人をまじまじと見つめた。
二人が来ていたのは前と同じワンピースタイプの衣装だった。
しかし今回の衣装は前のものとは比べ物にならないほど、凝ったつくりだった。襟元から裾まで、手縫いらしい刺繍がほどこされている。
近くでよくよく見てみると春花さんのワンピースにはリンゴ、富士子さんのワンピースには桃の刺繍が入っている。裾には豪奢なレースがあしらわれていて、パニエなしでもふんわりしていて愛らしい。ベースの生地も、水玉ド派手ワンピに使われていたチープな化繊素材ではなく、しっかりした綿素材でできていた。
「どうかな?橋本くんっ!プロデューサーの率直な意見が聞きたいなぁ」
パステルイエローの衣装に身を包んだ春花さんは、くるりと一回りして見せた。
一瞬、アリーナのステージで踊っていたみいなの姿とだぶった。
僕はあわててその想像を打ち消す。ちがうちがうちがう!みいなはもっと可愛いし!
「いいんじゃないですかね…はは…」
美空さんなら気の利いた褒め言葉すらすら出てくるんだろうなあ。それができたところで、殺し文句ばっちりキメてる僕なんて気持ちわるいだけだろうけど…。
「それより、客席はどんなかんじなのよ?わざわざ出てやるっていうのにお客がいないんじゃ話になんないわ」
富士子さんは、薄桃色をベースにしたワンピを翻して、舞台袖から観客席の様子をうかがった。
「へえ。老人会やガキばっかりかと思ってたけど、意外とそうでもないじゃない。客入りもなかなかいいみたいだし。あのマサツ熱とかいう人たちが、会場をあっためてくれたのかしら?摩擦熱だけに…」
「は、はははっ…みたいですね」
富士子さんのギャグ(?)に苦笑いで応対する。
「どうでもいいよ。さっさと終わらせて帰りたい」
ここにきてようやく絢ちゃんが舞台袖までやってきた。
さっきはよく見えなかったが、絢ちゃんの衣装にも手縫いで梨の刺繍が施されていた。今回もワンピースではなく、パンツスタイルのコスチュームだった。しかし前回とは全く違った、パンツの裾に刺繍を施した萌木色の衣装は、彼女にとてもよく似合っていた。
「あ、あの、春花さん…!」
僕は春花さんに話しかける。ずっと引っかかっていたことを聞いておこうと思ったのだ。
「なにかな、橋本くん?」
「えっと…その、僕曲作り以外、あんま深く関わらなかったんでよくわかんないんですけど……あの、三人で揃っての練習って…――」
「みみみ、み、みなさんっ!機材の準備、整いました!曲、なな、流しちゃって大丈夫でしょうか?」
僕の言葉をぶった切ってくれたのは、機材をチェックし終わった榎本さんだった。
あまりお客さんを待たせておくわけにはいかない。
健吾さんから、準備が整い次第始めるように言われていたのを思い出して、僕は春花さんの顔をうかがった。
春花さんは自信に満ちた表情でうなずいてくれた。
引っかかりなんて気にしている場合じゃない。もう幕があがる。やるしかないんだ!
「榎本さん、おねがいします!」
「は、はいいっ!ただいまっ…!!」
榎本さんが機械をパチパチいじると、何度も聞きこんで耳になじんだイントロが流れ始めた。郷戸とハヤちゃんは観客席で聴いてくれているだろうか。
「よっし!フルーツ王国初ライブ!がんばるぞぉ~!お~~!!」
春花さんは拳を突き上げたが、他の二人は無反応。のろのろとステージに向かって歩き出していた。
「あっ!ちょっと待って、二人とも……!あぅ、あのっ!橋本くん、がんばってくるねっ!」
「は、はい。頑張ってくださいっ」
二人のあとを追いかけて、春花さんもステージに走って行った。後には僕と笠谷さんが残された。
ここからは僕らにできることはなにもない。彼女たちを信じて見守るしかないんだ…!
フルーツ王国ファーストライブが……いま、幕をあける!!




