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開幕

第一話 開幕


◆◆◆


 今日も僕の手の中で彼女たちは踊っている。


きわめて露出度の高い衣装「ミッドナイトスパンコール」は、先週ダウンロードしたばかりの最新作だ。照明の光に乱反射してキラキラと輝いている。


三人のセンターを務める「みいな」には特別に「黒蝶のティアラ」をつけてあげた。このアイテムはアイドルマイスター公式サイトが今年十二月に行ったガチャガチャ企画でしか手に入らないレアものだ。

みいなは、満面の笑顔で観客に手を振っている


右側でソロを歌っている「愛華」には、「オニキスのペンダント」をつけてみた。これはミッドナイトスパンコールにあわせて購入したものだ。愛華の白肌に映えている。


左側でキレのいいダンスを見せている「レイ」はボーイッシュな容姿なので、アクセサリーは控えめに「シルバーピアス」をセレクト。かわりにアイマイ(言わずもがな、アイドルマイスターの略称である)くじびきイベント限定レアアイテム「ヴァンパイアブーツ」でロックテイストを追加してみた。彼女のクールな印象をより引き立てている。


『みんな!ありがとう!最後まで精一杯歌うよ!』

『みんなのこと愛してるっ!』

『僕たちを応援してくれてありがとう!これからもついてきてくださいっ』


 こだわったのはアイテムだけじゃない。このステージの為に彼女たちのパラメーターを最大まで上げた。歌唱力、ダンス、容姿…そして主人公との信頼度もマックスだ!


 さあ、見せてくれ!魅せてくれ!

 さ い こ う の ステージを!!!


『みんなっ!いっくよぉー!』

『ラストナンバーはっ!』

『愛と涙の横断歩道!』


 い……いっけええええええええ!!


ブツンッ

 あ。

 あ?

……あ…あああああああああああああああああ!!


姉「うわ、ブレーカー落ちた。ちょっとふみぃ!あんたつけてこいや!ドライヤーかけらんないし」

母「美奈ったらレンジ使ってるときは、ドライヤーかけるの待ってなさいっていつも言ってるでしょ!」

姉「ママつけてきてよ。寒いし」

母「いやよ。暗くて転んじゃうわ。お父さんそこにいるでしょ!お父さん!」

姉「はやくしてってば!風邪ひく!」

父「……ついたぞ」

姉「あ~、マジ最悪。てか、ふみ!いまからミュージックパラダイス見るんだからそこどけや」

母「お父さん!またそんな恰好でうろうろして!まったく!!」

父「パジャマのズボンが見つからなくてな…」

姉「親父きも」

父「……」

母「美奈、さっさと髪乾かしちゃいなさい。私もミューパラ見たいわ。氷山(こおりやま)きよぞうが出るのよねえ」

姉「うちは山風(やまかぜ)みるわ。ジャニイズ最強。てか、ふみどけ」

父「郁也、俺のパジャマ見なかったか?」

母「ふみ、そんなゲームさっさとしまって宿題しちゃいなさい。もうすぐテストでしょ?」


………ああ。

 さ い て い だ。



「もっちー、まだ電源落とされたことで落ち込んでるのか?セーブデータ残ってるんだからまたプレイすればいいだけだろう。というか、いい加減自分の部屋にテレビ買いたまえ!」


 覗きこんでくる(ごう)()を無視して、ひたすらページを繰る。読んでいるのは「月刊GAMEレンジャー」。アイマイが巻頭で特集ページを組まれてたから迷わず購入した。表紙は、昨日僕の手の中で感動のステージを繰り広げていた「みいな」のアップだった。


「今、わりと安くなってるし小さいのなら三万くらいからあるぞ」

「……そんな金はない」


 僕は雑誌に視線を落としたまま、むすりと言った。


「それは失礼。しかしながら、リビングでギャルゲーとはいかがなものか。家族にも見られるだろうに」


 …郷戸に言われなくてもわかってる。僕だって好き好んで家族の前でゲームしてるわけじゃない。


「あと、アイマイはギャルゲーじゃないから」

「もっちー…目が怖いぞ…」

 

特集ページの中には、来月発売の新コスチュームと新キャラクターが掲載されていた。公式サイトにアクセスして、有料ダウンロードすることによって手に入る限定品だ。発売期間は来月いっぱい。


「新コスチュームは天使モチーフの『エンジェルパーティー』か。みいなに似合いそうだな…」

「ほうほう。エンジェルパーティーに合わせた各種小物も同時発売とな。もっちー、まんまとダウンロード商法に乗せられとるなあ」


 僕の独り言に郷戸が食いついてくる。うるさいな。課金上等だっての。

「自分だってアニメ声優のCD買い漁ったりしてるくせに」

「小生は手に取れるもの以外には投資しないからな。それに小生はもっちーと違って(バイト)働をしている故、その金でなにを買おうが文句を言われる筋合いなどないわ!ドゥハハ!」


 郷戸は天を仰いで盛大に笑い声をあげた。クラスの女子が引き潮のように僕たちの周囲から離れていく。男子は苦笑い。

郷戸…お前みたいなやつのせいでオタクが迫害されるんだよ!

 郷戸は僕の手からGAMEレンジャーを奪い取ると、おおげさに「ふむふむ、ほほう」と声をあげた。


「来月の半ばにはアイマイサウンドトラックの発売記念イベントもあるらしいぞ。新宿でみいなと(あい)()の声優が握手会をするらしい!みいなの声優といえば、あの蓬田(よもぎだ)れんれん氏ではないか!うおお!小生たぎってきた!たぎってきたぞおお!!」


 …ほんとにやめてくれ。女子のひそひそ声が聞こえてきて、心臓が痛い…。

 しかしサントラにダウンロードアイテムか。また金かかるなあ。



 高校二年の僕、橋本郁也(はしもとふみや)には目下ドはまり中のゲームがある。

それは「アイドルマイスター」通称アイマイ。ジャンルは育成シミュレーション。自分がプロデューサーとなってアイドルを育成していくという内容で、巷で話題沸騰の人気作である。


 アイマイは多様なハードに移植されていて、ポータブル型ゲーム機でも遊ぶことができるが、僕はもっぱら据置型でプレイしている。

また、ほかのプレイヤーの育成したアイドルを閲覧することができたりもする。他プレイヤーがレアアイテムを使っているのを見ると、どうしても課金したくなってしまう。郷戸の言うとおり、手に取れないただのデータなんだけどね…。


 だから課金したアイテムを見てむなしくなったりすることも、なくはない。温いオタクだから、こういうとこ潔くないんだ。けど、ステージ上で輝く彼女たちを見てるとちょっと報われた気がするんだ。


 そんなわけで僕は来月もアイマイに投資するための資金繰りを考えなきゃいけない。小遣いは月五千円。ダウンロードアイテムの購入や雑誌だけならこれだけでも十分やりくりできていた。しかし、サントラ発売となるとなかなか難しくなってくる。


「郷戸、サントラっていくら?」

「おっ、もっちーもたぎってきたか?ゲーム内で使用できるレアアイテムがついた初回限定盤は、三千八百円。通常版は三千円。まあ、我々に通常版のみの購入などという腑抜けた選択肢は皆無だろう?」


 …「我々」って括るなよ。

まあ郷戸と一緒にされたくはないけれど、レアアイテムがつく初回盤を逃す手はない。家に帰ったらネットで予約しよ。

 …にしても、三千八百円かあ。小遣い半分以上終わっちゃうなあ。


「新アイテムはいくらすんのかなあ」


 今までのアイテム価格から推測すると、コスチュームと小物をフルコンプで千円。うわあ、かつかつだ。むしろマイナスになる?


「ついに禁断のお年玉貯金に手を付けるときがきたかっ!?」

「無理無理。お年玉は母さんががっちり握ってる」

「うはあ、もっちー万事休す!」

「…………郷戸、ものは相談だけど…――」

「小生、他人に金は貸さぬ主義ゆえ…御免!!」

 

あ、そ。郷戸に頼ろうとするなんて僕もやきが回ったか…。

それにしても来月はやばい。イベントは無理でも、サントラは絶対手に入れたい。ダウンロードアイテムも欲しいし、アイマイが載ってる雑誌も買いたい。ああ、お金が無限に出てくる壺とかないかなあ…。


 そして始業のチャイムが鳴り響く。短い二時間目休みを郷戸とのおしゃべりに費やしてしまったことを軽く後悔しながら、雑誌をしまう。結局特集ページは一ページとちょっとしか読めなかった。

立ち去る前に郷戸が僕に人差し指を突き付けて言った。


「もっちー、他人を当てにする前に自分で資金を稼ぎだしてみたまえ!オタクたるもの、自分の愛するものは自分の力で手に入れるべきだっ!以上!!」


 ……くそう。郷戸のくせにめずらしく正論だ。



 通学途中にある篠井(しのい)商店街は今日も人影がまばらだった。気のせいか先月よりシャッターが閉まってる店が多くなっているような……。


 そんな商店街を僕はのろのろ歩いていく。四月の空はこんなに晴れ渡っているのに、僕の心中は今にも泣き出しそうな曇天だった。


「金欠だし、姉貴がライブ中継見るから帰っても昨日の続きプレイできないし…なんだかなあ」


 郷戸の言うとおり、バイトをするしかないんだろうか。

今月からバイトを始めれば、来月末には給料も入る。期間限定アイテムの購入にも間に合う。サントラだけなら小遣いでなんとかなるし、定期的な収入があれば今後のアイマイ資金に事欠くこともなくなるだろう。念願の自分専用テレビも手に入るかもしれない。


 しかし、だ。正直なところ、僕は人とのコミュニケーションが苦手だ。人見知りで、知らない人と会話しているとたいていどもる。必死で喋っても、滑舌が悪くてもそもそ喋るせいなのか、何回も聞き返されてしまう。興味のあること以外の物覚えは極めて悪いし、要領もよくない。


こんな僕を雇ってくれる職場なんてあるんだろうか…?


「郷戸はホームセンターで働いてるって言ってたっけ。あいつ、仕事先ではできるヤツだったりするのかなあ」


 劣等感をひしひしと感じつつ、商店街を歩いていると「パンの松井(まつい)」の前まで来た。ここはパン屋なのにおやきが美味しいと有名な店で、観光雑誌にも取り上げられたことがある。おやきのほかにも、小さいバケツに入った「夢のバケツプリン」なんていう商品もある。うらびれた雰囲気の商店街の中で、異彩を放つ一軒である。


「今日はおやき買う金も惜しいな。母さんと来た時にでも買ってもらうか」


ごくり、とつばを飲み込んで松井を通り過ぎようとしたとき、ガラス扉に貼ってあるビラが目に入った。昭和っぽいタッチで女の子(目が異様にきらめいている)が三人描かれているポスター。女の子たちはこれまた八十年代チックなひらひらした水玉模様のワンピースを着ている。


「えっと……『篠井商店街からご当地アイドル誕生!みんなで応援しよう!あなたもフルキンサポーターに☆』?」


 えーっと。なんだこれ?


 ご当地アイドルはわかる。最近各都道府県で結成されてるアイドルグループで、県の魅力をアピールする目的で活動してるんだっけ?よく知らないけど、なんかそういうのだったような。

 わかんないのはこの『フルキンサポーター』ってやつだ。これは一体…。


「その企画に興味あるのか?」

「でゅえっ!?」


 急に背後から声をかけられて、思わず変な声が出てしまった。

僕の目の前にいかつい男の人が立っていた。髭が熊みたいに濃くて、もみあげまでつながっている。背も百八十近くありそうだ。


「あぇっ…な…な、なんとなく見てただけです…あへへっ…へへっ」


どもりと気色悪い笑いつきで僕は返事を返した。

血液が沸騰しそうだ!顔が熱い!コミュ力に難ありの僕は、知らない人の前だといつもこうなってしまう…。

男の人は唸るような声を出して僕を一瞥した。鋭い眼光に委縮してしまって声が出せなかった。なんだ、この人。すっげえ、怖いんだけど…。


「興味あるなら今週末、篠井公民館に来てみろ。面接をやるからな」

「へ…ふへ、め、んせつ?面接、っすか……?」

「これやるから読んでみろ。興味あったら来い。フルキンサポーターの入団面接だ」


 男はカバンから紙を取り出すと、乱暴に僕に押し付けた。うう、だからなんなんだよお、フルキンて…。


 熊男は、話は終わったとばかりに僕を素通りし、のしのしと松井のなかに入っていった店内から「バケツプリンを四個くれ」という唸りに似た声が聞こえた。



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