089 鍛冶の街脱出
「サヤーニャ!」
「おまたせ。こっちは一応終わったわよ。そっちはそっちで何か有ったのね?」
吃驚した反応に満足気な彼女は、自分の仕事の完了を告げた。ならば俺も報告しておかなければいけないな。
「ああ。手に汗握る展開になったが、何とか命は落とさなかったよ。」
詳細は後ほど話さなければいけないかな。
「そう。あの光は貴方がやったのよね?」
「うん。まさか日光に当てるとあんなに輝くなんて予想もしていなかったよ。」
あの瞬間、目の前も頭の中も真っ白になった。幻想的な光だったと一言で言えば簡単だが、想像の埒外の事象が起こると反応できなくなる。
「知ってる人は少ないからね。」
いたずらが成功した子供の様な顔をして答える。
「そして、サヤーニャは知っていたんだね?」
「言ったでしょ。刻印屋もしてるって。」
「そういえばそうでした。」
刻印屋で冒険者。ゆえに『刻印の剣舞士』か。きっと他にも色々ネタを仕込んでいそうだ。
「猫の歩廊亭で起きたのはそれだけじゃないんでしょ?」
指差したのは、俺と相棒が抱えている荷物だ。
「すごい。まるで見てたみたいだね。」
「何かなきゃ、ダーシャ君はあそこでアンナちゃんと遊んでるでしょうからね。」
ポーニャの耳がピクリと動いた。
『おのれ、メス猫め。やっぱり私のダーシャ様を誘惑して甘えてたのね。でもここからは私の番よ』
そんなポーニャを無視して二人は話を進める。
「それで、何があったの?」
「原因はあの光だと思うんだけど。」
前置きをして、サヤーニャに耳打ちする。
「例の代官の取り巻きが襲撃してきたよ。」
俺達が宿を出ていることに納得した顔になった。
「あらら、それは大変。でも何とかなったのね?」
「旅の最初の頃に貰った、刻印を使ったんだよ。」
確かあの時、今度使い方を教えるといっていたが、結局教えてもらってはないな。
「へ~。良く効果がわかったわね。」
渡していたことを今思い出したと顔に出ていたが、突っ込むことはしなかった。
「小さい頃に、刻印に興味を持って勉強した時期があったからね。」
その後、それが災いして炭鉱奴隷に堕ちたのだが、人生何が役に立つか本当にわからない。
「とりあえず、無事なら良いわね。」
「そうだね。」
2人で頷き合う。
「じゃぁ、行きましょう。」
颯爽とギルドを出ると歩き出した。
「宿は反対方向だよ。」
「いまさら宿には戻れないでしょ。次に戻るのは代官を駆逐してからよ。そのためにすることしましょう。」
足を止め、今後の方針を端的に告げられた。
「そうだね。」
サヤーニャの言うことは至極もっともだ。現状でぐずぐずしても何も変わらない。あの親子を助けるために俺はできる事をする。今俺にできることは、早く領主邸に戻り自分の身分を公的に取り戻すことだ。
「ポーニャさんすいません。」
後ろを振り向き声をかける。
「はい、なんでしょう。いってらっしゃいのキスですか?」
まったくこの人は、こっちが恥ずかしくなるので頬を染めて上目遣いに冗談を言わないでください。ついつい期待しちゃうじゃないですか。
「いや、それは要らないのですが、伝言を依頼しても良いですか?」
「ギルドに依頼って事でしょうか?」
残念そうな顔をしながら渋々答える。
「はい。」
受付から依頼票を持ってくると聞き取りが始まった。
「猫の歩廊亭の女将さんかアンナちゃんに『必ず戻ります』ってお伝えください。」
「依頼料はコレで良いわね。」
横からサヤーニャが銀貨を1枚手渡した。
「伝言なのに、こんなにいいんですか?」
通常の依頼料の相場はわからないが、同じ街に住む人間伝言の依頼と考えると、サヤーニャの出した金額が高すぎるということはわかる。
「Sランク冒険者がだす依頼の報酬が安かったら格好付かないでしょ。代官に苦しめられてる駆け出し冒険者にでも受けさせて頂戴。」
二コリと笑うと、今度は俺のほうを向いて手を差し伸べた。
「それじゃぁ、行きますか。」
「行かれますか。」
手を取り合うい、2人と1匹は冒険者ギルドを後にしたのだった。
ポーニャ:嗚呼 ダーシャ様。行ってしまわれるのですね。
後輩:せんぱーい。お願いですから仕事しましょうよ。
ポーニャ:でも、『必ず戻ります』って約束してくれたし・・・
後輩:それって、依頼の伝言ですよね? 先輩に対してじゃないですよね?
ポーニャ:ひょっとして、私を迎えに戻りにくるのね。
後輩:天地神明に誓ってありえませんので、現実を直視して仕事してください。
ポーニャ:貴方は、私の女心がわからないの?
後輩:なぞの光の所為でたまった依頼の処理をしないと、ダーシャ君の所為ってばらしますよ。
ポーニャ:ダーシャ様のために妻ポーニャが頑張ります。
後輩:じゃぁ陳情書1万枚の対応よろしくお願いしますね。
ポーニャ:Noooooooooooooooooooooo!!!




