086 邂逅
「やばい。どうしよう。」
1階からは、アンナの「にげてー」って叫ぶ声が聞こえてくる。力比べになれば1対1ならいい勝負ができるかもしれないが、相手は複数だ。相棒が頑張っても勝ち目はない。荒事担当のサヤーニャも今はいない。残された手札でここは凌ぎ切るしかない。
荷物袋をひっくり返し、刻印の刻まれた鉄片をより分ける。人払いの刻印は見つかった相手には効果がない。獣払いの刻印も今回はまったく役に立たない。
「使えるのはここら辺だな。」
鉄片を手に取るとポケットに忍ばせ、マントを羽織った。ドアの外からは階段を荒々しく上る音が聞こえてくる。
そして、その時が来た。
―― ドンドンドン
「居るんだろ! 開けろ!!」
「代官様の荷物改めだ! 大人しく出てこい!」
―― ドンドンドン
「頼む、効いてくれよ。」
一人言ちると、別の鉄片の表を廊下側に向けて、ドアにぶら下げた。さぁ、ここからは出たとこ勝負だ。勝率8割って所かな。失敗したらサヤーニャが助けに来てくれる事を期待しよう。
深呼吸をすると相棒の背中を撫でる。火照った体に冷たい空気を送り込むことで頭の中を冷却させた。さて、勝負開始だ。
「五月蝿い! 大人しく待ってろ!!」
ゆっくりとドアを開けると、強面の冒険者が4人こちらを伺っていた。炭鉱で働いてなかったら絶対逃げ出したくなるような顔が目の前にある。しかし、寝起きに髭もじゃの顔を見慣れた俺には関係ないな。
「代官の荷物改めと言ったな?」
一番近くに居た斧をもった男に確認をとる。
「ああ、そうだ。」
ドアを開けて出てきたのは、身長2mを越える幾多の戦闘を渡り歩いた歴戦の戦士。羽織るマントのボロボロになっているが切り傷1つない。目の前の男の戦闘力を測る指標になるだろう。その横には巨大な狼がいる。思わず息が止まり、声を出せなかったのだ。
会話の主導権を奪われ軽くパニックになっている男は、そう返事をするので一杯だった。これが商人風の男であれば、まだ別の返し方ができたかもしれない。
「ならば俺には関係ない。失せろ。」
一方的に言いたい事だけを言ってドアを閉める。あっという間の出来事に頭の中が真っ白になる冒険者達。
たっぷり30秒は経過しただろうか。商人風の男が声を発した。
「おい、何で誰も突っ込まねえんだよ。」
その一声で固まっていた他の3人も時間が動き始めた。
「『俺には関係ない』じゃ無えだろ。図体ばかりでかくて頭は空っぽか?」
その一言にカチンと来た斧をもった男は商人風の男の胸倉を掴む。
「五月蝿ぇ! お前だって何もしなかったじゃねぇかよ。」
あわや殴りあいが始まるかと思いきや、全身革鎧の男が止めた。
「内輪でもめてる場合じゃない。さっきの奴をどうにかしないと。」
「そ、そうだぞ。早くこの手をどけろ。」
掴んでいた手を離して、ドアを叩こうとする。しかし、先ほどみたマント姿の男と、それに付き従う巨大な狼の姿が頭をよぎる。久しぶりに感じる嫌な予感を振り払いながら、再度ドアを叩く。
―― ドンドンドン
「おい、こら! 関係ないじゃねぇんだよ。代官様の荷物改めっつただろうが! 大人しく出て来い。」
脳裏を霞む予感を無視して、舐められたらこの生活が終わるという脅迫概念から格上の相手に噛み付くしかない。
―― ギィィィィ
再度ドアが開く。マントの男が面倒臭そうに言葉を発した。
「失せろと言ったはずだが、お前らは言葉がわからないのか?」
頭は大丈夫かと心配そうな顔で聞いてくる。神経を逆撫でるその聞き方に、斧をもった男はその切っ先をマントを羽織った男の顔面に突きつけた。
「俺に手を出すと、飼い主が困るぞ。」
マントの男の手には1枚の書状が握られている。その書状は折りたたまれており、『狼とドラゴンの紋章』と領主のサインが書いてあった。
「お前ら如きに内容までは見せれないが、この紋章と名前だけで俺が誰に頼まれて仕事をしてるかは判るだろう? 用があるなら直接代官にくるように伝えろ。」
それだけ言い残すと、またドアを閉めた。そしてドア前には、今度こそ固まった冒険者が呆然とお互いの顔を見合うのだった。
ポーニャ:あれ?
後輩:どうしました先輩?ボケるのはまだ4日ほど早いですよ?
ポーニャ:そうじゃなくって、 え?4日? あんた殺すわよ。
後輩:(しまった、年の話は禁句だった)先輩眉間に皺が残るとダーシャ君ががっかりしますよ。
ポーニャ:いやん♪
後輩:(よし、話をずらせた)それでどうしたんですか?
ポーニャ:ダーシャ様が冷酷な貴族だったらどうしようかと思ってね。
後輩:いいですか先輩。夢はお布団で見るものですよ。起きたまま見る妄想は衛兵さんの捕縛対象なので、大人しく自首してください。
ポーニャ:だって、ダーシャ君が冷酷な目で攻めてきたらって思うと胸キュンするじゃない!
後輩:衛兵さんこっちです!
衛兵:いや、気持ち悪いんで勘弁してください。




