085 邂逅寸前
一斉に駆け出した5人。進路をふさぐ通行人を押しのけて駆けていく。吹き飛ばされた通行人は文句を言おうと相手を見ると、「犬にかまれたと諦めろ」と回りからたしなめられた。
「おい! 今の光って!?」
商人風の男が、玉のような汗を垂らしながら、丸いおなかをユサユサと揺らしながら光の確認をする。
「多分お前の想像通りだよ。」
全身革鎧の男がぶっきらぼうに答える。
「ヴァジムとタダムは気が付いてるのか?」
ボウガンを持った男が問う。
「知るか!」
商人風の男が、叫びながら答える。
「方向から考えて逆方向だ。気づいてないものとして動くぞ。」
全身革鎧の男が暫定リーダーとして命令をだす。
「応!」
そのまま駆け続けると見慣れた風景に気が付く。
「おい、この方向って?」
この方向で先ほどの光の位置から察するに3階建ての窓辺。あの辺りで3階建ての建物は1箇所しかない。
「猫の歩廊亭か・・・畜生! お前ら、欠片をちょろまかしたとか無えだろうな?」
「そんなことするかよ。この生活とおさらばする様な真似はしないさ。」
「そりゃそうだな。まぁ、どこのボンクラか知らねえが、ブラト様の領地で俺達に見つかるとは運のねえ奴だ。」
「ちげえねぇ。」
自分達の常宿に目標がある。あの母娘が手に入れることはできないだろう。あるとすれば、自分達が落とした物を拾ったか、何も知らない旅人が泊まったかだ。
力ずくにしろ、地の利にしろ、自分達に分がある。そう思うと走るのが馬鹿らしくなった。10分ほど歩き猫の歩廊亭に帰り着いた。
「女将! アンナ! 帰ったぞ!」
誰も居ないカウンターにて大声で叫ぶ全身革鎧の男。
「そんなに叫ばなくても聞こえてますよ。」
「お帰りなさい」と出迎えた女将に早速尋問を始める。
「俺達の留守中に変な輩を泊めてないか?」
いつものやり取りだ。何か後ろめたい事でも有るのだろう。すでにそこは諦めの極致で無視している。
「変な輩じゃなくて、礼儀正しい冒険者なら泊まってますよ。」
ダーシャの対応と比べるとあまりにも酷い、常連宿泊客についつい嫌味で返してしまう。
「さっき、猫の歩廊亭から、ものすげぇ光が出てたんだが知らねえか?」
「いや、知りませんよ。」
口ではさらっと返したが、冷や汗が出るのは止められない。目線もついついダーシャの客室を見てしまう。
「そいつだな。」
「あぁ、間違いないな。」
ボウガンを持った男と斧をもった男が全身革鎧の男の後ろで囁きあう。
「その冒険者は何処の部屋だ?」
自分の対応ミスに気が付いた女将。しかし、後の祭りだ。常連宿泊客の新しいターゲットはダーシャだ。あの礼儀正しい青年に迷惑をかけてしまう。
「お客様の邪魔はよして下さい。」
必死に止めようとするが、冒険者の力に敵うわけが無く無下にあしらわれる。
「五月蝿い! お前ら探すぞ!」
「やめてよおじちゃん! いったい何だってんだよ。」
混乱している受付にアンナが飛び込む。さっきから宿中に響き渡る声だ。何処の部屋に居ても、この争いの内容は理解できる。
「おうアンナ。さっき猫の歩廊亭から、ものすげぇ光が出てたんだ。ここに泊まってる客が禁呪を使ってるみたいなんだが知らねえか?」
さすがに少女に対して凄むことはできない。商人風の男は落ち着いた口調でアンナに問いかける。
「あんたら馬鹿かい。あれは禁呪なんかじゃないよ。」
ダーシャの部屋の方向に目をやり、さっきの神秘的な光景を思い出す。
「ほう、つまりお前は見たんだな。」
マント姿の男は冷静にすべてを見ていた。アンナの顔が真っ青になり、急いでダーシャの部屋に駆け出そうとするが、無残にも取り押さえられてしまう。
「おい、お前は小娘を捕まえて置け。残りは行くぞ。」
4人は連なって3階に移動した。宿泊客の居ない部屋のドアはすべて開いている。つまり、閉まってるこのドアの向こうに目的の人間が居ることになる。
「居るんだろ! 開けろ!!」
「代官様の荷物改めだ! 大人しく出てこい!」
激しくドアをうち叩く。
「五月蝿い! 大人しく待ってろ!!」
部屋の中から返ってきた返事は、まるで|目下の人間に命令しなれた《雇い主ブラト》の様な、労働階級を見下す冷酷さを内包していた。




