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月の滴  作者: あれっきーの
遥かなる家路
83/136

083 我慢

今日のタイトルはしっくり着ていないので、のちのち変更するかも知れません。

083 我慢




 執事の案内で、屋敷2階にある重厚な扉の前に案内される。彫刻に紛れて刻印が施されており、気がつかなければ扉に触った瞬間に捕縛するのだろう。スパイ対策としてはやけに厳重だ。


 しかし、残念なことにこの扉に刻印を施したのはサヤーニャだった。まだ刻印士として名前が売れてない時期に思いつきで作り、適当に販売したものだろう。どういった経緯か知らないが、代官(ろくでなし)の部屋の前で再開を果たしたくはなかった。


 ノッカーを数度打ち付けると執事が口を開いた。


「ブラト様、失礼いたします。『刻印の剣舞士』サヤーニャ様をご案内いたしました。」


「入れ。」


 部屋の中から低い声で許可がでる。その瞬間、扉の刻印から魔素が薄れた。


「ほほう。お前が『刻印の剣舞士』サヤーニャか。女の柔腕で数々の逸話見事であるぞ。今日は何用だ? 仕官の取立て口ならまだ募集は掛けていないぞ。まぁ、お前ほどの上玉なら別口で取り立ててやってもいいがな。」


 値踏みをするように、足の先から頭のてっぺんまで舐めまわす様に眺める。


「お目通り感謝します。しかし、わざわざ足を運んで差し上げたのは士官の申し込みじゃないのよね。」


 Sランク冒険者(ランカー)の突然の来訪なので、仕官に来たと思い込んでいた代官(ブラト)は眉間に皺を寄せた。


「では、何をしにきた。」


 苛立ちを隠そうともせず、サヤーニャを睨み付ける。自分に擦り寄ろうとする者以外は常に敵である。最低でも互いに利用する位の価値があれば良いが、敵対してくる可能性が高い者は最大限の警戒が必要だ。


 その様子を観察しながら、ふっとため息をつくサヤーニャ。部屋の中は一種の戦場なのであった。


「知り合いの宿の主人がね、ここに陳情に着てから帰ってきてないって言うのよね。それで調べてみたら鉱山(クバハ)に罪人奴隷として送り出されてるのよね。何があったか教えなさい。」


「ふむ、バストルよ。何の事か判るか?」


 一瞬記憶を遡ったが、思い出せない。しかし、それさえ解決すれば刻印の剣舞士(目の前の敵)は大人しく帰るのであろう。長年付き従う執事(バストル)ならば何の事か判るだろう。もちろん、サヤーニャの勘違いの場合も視野に入れてる。その場合は適正な対価を持って謝罪とさせると決めている。


「はい、ブラト様。宿屋の主人と言われますと、5年程前に来た獣人の事でしょう。」


 老執事(バストル)の答えは肯定だった。しかし、対象が獣人であれば話は別だ。そしてその言葉を呼び水に記憶が蘇ってきた。


「あぁ、あの男か。せっかく領主の跡継ぎが居なくなった祝賀会をしていたところに水を差した礼儀知らずの獣人だな。」


「左様でございます。」


 思い出した事でその時の怒りまで思い出したのか、不機嫌な態度を隠そうともしない代官。その言葉を肯定とも取れれば、来た人間の特定だけとも取れる返事をする執事。


「サヤーニャ君、聞いての通りだ。私の主催した祝賀会を邪魔した罪で捕らえた。功労者を表彰してる最中に乱入して、祝いの席を台無しにしてくれたからな。」


 しかし、サヤーニャには茶番にしか見えなかった。この執事はいったい何を企んでいるのか。そのおかげで欲しい情報が拾えているので文句は言わない。それにしても、


「領主の跡継ぎが居なくなった祝賀会ねぇ。」


 代官にしてみれば、ダーシャが後継者から居なくなれば、グリエフ子爵家の跡取りは途絶える。となれば、今は代官として治めているが、いずれ自分の領地になる可能性が高い。


 ストリギン男爵家の次男であれば、自分の領地を持つことは永遠にできないであろう。その夢が叶う可能性が出れば祝賀会を開く。


 サヤーニャの呟きは、代官の耳には届かなかった。


「まったく持って獣人風情が、己の分を弁えずにおる。厚顔無恥ここに極まりだな。」


「本当ねぇ。」


 厚顔無恥ここに極まり。自分のために使え。


「おお! 判ってくれるか!」


 皮肉にまったく気がつかない。きちんと口で伝えなくては駄目なのだろう。


「そりゃ、目の前に厚顔無恥が極まってる人が居るからね。」


「何だと貴様!!」


 自分が皮肉られたと気づくと、火を吹かんばかりの勢いで睨み付ける。


「まぁいいわ。私からの要請は2つ。貴方が法廷で裁かずに勝手に奴隷送りした人達を今すぐ解放しなさい。さもなくば、領主にこの事を報告します。」


「この、腐れ冒険者め!!」


 この領地では、獣人を人と同列として扱っている。しかし、ストリギン男爵領では獣人に人権はない。代官として動くなら知らないわけがない。それでも幼少の頃から獣人差別を当たり前に行ってきた代官は、率先して獣人差別を続けているのだ。負い目がどちらにあるかは子供でもわかる。


 怒りのまま、腰のサーベルに手を掛ける。


「あら、抜くの? それも良いわね。私は刃を向けられて笑ってられるあげるほど優しくはなくてよ。」


 笑顔で殺気を向けられる。自分との力量差は読めなくても、勝てる見込みが無い事は代官の頭でも簡単に予想ができた。命惜しさのために、大人しく言われるままになる。


「もう1つは、恥知らずにもその宿を子飼いの冒険者の溜まり場としているのを即刻退去させなさい。自分の子飼いなら飼い主らしく、自宅で飼ってなさい。」


 歯を食いしばりすぎて、奥歯が駄目になりそうな勢いだが自分を抑え続ける。コレまでの人生のなかで、ここまで我慢を強いられた事はなかった。『逆らえば殺される』ただそれだけの恐怖が我慢を選択させるのだった。


「そうそう、おいたが過ぎると貴方の飼い主(領主様)に告げ口しちゃうわよ。」


 その一言で我慢の限界に達した。サーベルを抜こうと激昂した代官を止めたのは、眩いばかりの光の奔流だった。


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