076 俺にできる事
方針は『主人の救出と代官の是正』である。領主の息子として正式に訓告を行うことで現状を緩和できるだろう。
問題は、俺の現状である。
炭鉱奴隷を解放されたとはいえ、炭鉱奴隷の鉱山から領主館への移動途中だ。つまり、世間で領主の息子はまだ炭鉱奴隷の認識のままなのだ。さらに言うと、俺が領主の息子という証拠はない。いや、あることはある。サヤーニャが持っている書状だ。
『炭鉱奴隷として働き、いずれ月の滴を発掘もしくは、借金完済する我が息子ダーリヤ・ダニイル・グリエフの護衛として、グリエフまで無事送り届ける事を任命する』
文面を見ると、炭鉱奴隷という文字が主張しまくりで、父上に迷惑を掛けてると再認識できる無いようだ。帰ったら親孝行しよう。
じゃなくて、大事なのは父の押印だ。『狼とドラゴンの紋章』この印は領地内で使えるのは領主だけだ。もちろん偽造などした場合は「殺してくれ」と泣き叫ぶほどの刑罰が下される。
ただし、領主の嫌疑はただ1つ。宿屋の主人失踪事件に係わっているだろうというだけだ。冒険者の行動に関してはきっと否定するだろう。ならば、本人達に是正指導しても干渉しないという言質が取れればこっちで何とかできる。
後は、いつ動くかだ。
今すぐ動く場合は、父の書状を持って面会し訓告及び冒険者への是正指導に関与しない言質を取って帰ること。この場合代官に対する直接の損害は無い。今後また同じ状況が生まれる可能性があるってことだ。
時期を遅らせる場合は、領主館に帰ってから父の命令書を持ち代官に是正指導する。これなら代官はもとより、冒険者も後ろ盾をなくしいざって時の処分もしやすい。
サヤーニャと相談し、実際にどうしたいのかを女将さんに聞いてみようって話になった。なんといっても宿の上客を失うことは間違いない。悪い噂が払拭して新しい客が入るようになるまで1~2ヶ月は掛かるであろう。それでも良いかを確認する必要がある。
そこまで離して今夜は寝床に着いた。
翌朝、朝日と共に目を覚ました。しばらくしていなかった朝のランニングを相棒と行う。サヤーニャは寝ぼけたまま「いってらっしゃい」と毛布をかぶったままお見送りしてくれた。
外は少し肌寒く、体を動かすにはもってこいの気候だ。小枝には小鳥が集い、チチチチと囀りあっている。
今日のランニングは街の把握をする目的も持っている。何かあったときに地理に疎ければそれが命取りになるからだ。鍛冶の街の外周は10km。城壁の内側を相棒と駆け抜ける。
懸念していたスラム街は無かった。あるとしたら外周の一部を陣取っていると予想したのだが、残念ながら予想は外れたみたいだ。逆を言えば、代官が何らかの政策で貧困層を出さない様にしているということだ。まぁ、父上の方針をそのまま受け継いでやってるだけというのも否定はできないがね。
1時間程走って宿に帰り着いた。女将さんが朝食の準備を始めているのか、厨房から良い香りが漂ってきた。
裏庭で汗を流し部屋に戻ると、サヤーニャはまだ寝ていた。起こそうとすると寝返りをうち毛布がはだけ、白い背中が日の下に晒される。相棒に起こす任務を任せると、俺は部屋から逃げるように出た。寝所で女性の肌を盗み見るのは紳士の行いではない。
「いやー。バディー。ゆーるーしーてー。」
バディが人を起こすときは全体重を乗せたまま顔を舐めまわす。寝起きはよだれまみれになるのだ。気持ちよく寝てるサヤーニャには初めての体験だろう。そして俺は決めた。この件について一切触れないと。
貴族として動きたくても動けないダーシャ君の現状
表現に悩む今日この頃です




