072 隔離された時間
「なぁ、相棒聞いてくれよ。母上が何かとんでもないかも知れない。」
部屋での愚痴を相棒にこぼす。あれから5年。長いようであっという間に時間が過ぎた。最初の頃は過ぎていく日を1日1日数えて、悔しさのあまり眠れない日もあったっけな。
泣きながら俺の炭鉱行きを最後まで止めようとした母上には、本当に申し訳ない気持ちで一杯だ。しかし、それとこれとは話が違う。
自分の趣味だけで動物と戯れるのはいいが、世間様に影響をだすのはアウトだろう。こればっかりは領主館に帰ったら苦言させてもらおう。
「わふ。」
『そんな事関係ないよ』とばかりに、相棒は大人しく洗われている。ふかふかな毛は水分を含んでペシャリとなっている。井戸水で石鹸をすべて洗い流したら、ピカピカ狼の出来上がり。
「よし、これで終了。わ、こら、冷たいってば。」
終了の声を聞くと、今まで大人しくしていたのが嘘のように、全身の毛を逆立ててプルプル水を吹き飛ばす。真横に居る俺は当然水滴攻撃の被害を受ける。
ひとしきり水分を飛ばし、綺麗になってご満悦の笑顔でハッハッと寄ってくる。
「じゃぁ、ご飯にするか。」
「わふ!!」
周りは綺麗な夕焼けに染まっている。そろそろ18時の鐘がなる頃だろう。
トントントン
「開けるよ~。」
部屋にサヤーニャが戻ってきていないかを確認する。ここに居なければ、先に食堂で待っているだろう。しかし、女性を置いて先に食堂に行くのは紳士のすることではない。
ドアを開ける前にノックをしてさらに声をかけるのも、もちろん紳士のマナーだ。
実際は下手にラフな格好で居られてもこっちが固まるだけなので、可能な限りの予防線をはろう。
「んー。ちょっと待ってね。」
『開けなくて良かった』 特に何か有ったわけではないが、本能で危機回避があったことを感じた。
5分程待って扉が開いた。
「ごめんごめん、綺麗な下着が無くて探してたのよ。」
旅の間は洗濯などできない。そのせいで綺麗な下着はもとより、服だって汗臭い物を着まわす事だってある。もちろん俺も、山奥の温泉村の宿で洗濯はしたが、護衛の最中にすべて着まわしている。
「宿に着いた時用に普段仕舞ってる所になくて、別の袋に入ってたのよ。」
その言葉を聞き、自分の顔が熱を帯びていくのが判る。いや、サヤーニャさん。恥ずかしいのでそんな言い訳はいらないです。
「ば、相棒も待たせてることだし行きましょう。」
心の内を悟られる前に早口で告げると、急いで階段に歩いていった。背後ではサヤーニャがくすくすと笑う声が聞こえるが、気のせいと自分に言い聞かせながら・・・。
食堂に着くと、アンナが食器やカップを持ってきた。
「お水はお代わり自由。葡萄酒とかお酒は有料ですよ。」
パチリとウィンクをし、アルコールメニューを見せる。
「お奨めは、アブさん所の葡萄酒ですね。護衛をしてたからご存知とは思いますが、この辺り一番のワイナリーなんですよ。」
やっぱり、大きなワイナリーだった。老紳士は『手習いでやってる趣味の延長じゃ』と言ってたが、手習いで町一番の醸造はできないだろう。
せっかくなのでと、アブさん所の葡萄酒をボトルで頼んだ。ただし値段は高くない奴にしてもらった。だが、アンナは自分のお奨めを頼まれたのが良かったのか、嬉しそうに厨房の中へと帰っていった。
「かーさん、アブさん所の葡萄酒1本持ってくね。」
厨房からはアンナの元気な声が聞こえてくる。そのままトトトッと足音が遠くに行ったのは、きっと地下室かどこか別の場所でワインを保存してあるのだろ。
「どんな葡萄酒が出るか楽しみね。」
「風呂場で飲んだ奴は美味しかったもんな。」
しかし、アレは老紳士が自分で飲むために用意したもの。つまり最高品質の物だろう。それでもあの味を出す以上、格下の等級でも期待を持ててしまう。
アンナが持ってきたボトル張られていたエチケットに記されていた年は、俺が炭鉱送りした年でもあった。
自分がいない間の事件って疎外感がありますよね。
そんな時間の流れを表現してみたかったのです。




