070 新興宗教
あの人の影響力が半端ないです
「あらあら、いらっしゃいませ。」
「こんにちは、しばらくお世話になるわ。」
ちょっと小太りのおばさんは笑顔で出迎えてくれ、サヤーニャが軽く挨拶を交わす。俺は慌てて「お邪魔します」と辛うじて言った。
サヤーニャの大人の対応がうらやましくなるときである。場慣れもあるのだろう。俺も年相応の交渉術を学びなおさなきゃいけないな。
「この人たちがさっき言ったアブさんの紹介の人なの。」
嬉しそうに女将さんに告げるアンナ。老紳士との交流の深さを感じることができる。
「あらあら、じゃぁアブさん所の護衛をされていたのですね。お仕事ご苦労様です。この町は温泉はないですが、共同浴場ならあります。よかったら後ほどご利用されてください。さて、お部屋はダブルとツインのどちらにしましょうか?」
残念ながら、シングルを2部屋って思いには至っていただけなかった様だ。
「ダブルだって。ダーシャ君どうする?」
どうするもないでしょ。山奥の温泉村では部屋数が足りずにツインだったので、今度こそは1人でゆっくりしたいです。
しかし、それよりも確認しておかなきゃいけないことがある。
「相棒と一緒に居れる部屋があると嬉しいのですが。」
「後ろのもふっとした狼ちゃんね。大丈夫だよ。その代わりちゃんと洗ってから部屋に入れてね。」
笑顔で了承をもらえた。
「しかし、あんたもアレかい? 今流行の宗教関係者なのかい?」
「いや、宗教とは縁遠い炭鉱で働いてて、今度無事に帰還するところですよ。」
炭鉱で働くということは、賃金を求めで出稼ぎをしていたと受け止められる。多少穿った人が炭鉱奴隷だと突き止めるくらいだ。
「炭鉱って事は、鉱山だね。あそこまでは流石に布教されてないだろうね。鍛冶の街ですら最近届いたばかりだからね。」
「何か危ない宗教なんですか?」
入信してると勘違いされる要素が今の俺にあるのなら、その宗教の状況はある程度把握していないと、この先の旅程にかかわるかも知れない。
「いや、人畜無害・・・ううん。人には害はないね。」
何で言い直したんだろう。とても言い難そうに言葉を選んでる。
「みんな微笑ましく見てるの。きっと、お兄ちゃんが連れてるワンちゃんは大変かもなの。」
ワンちゃんって、狼なんだけどな。アンナちゃんに掛かったらどっちも一緒なのかな。それよりも。
「相棒が大変ってどういうことだ?」
苦節を共にしてきた相棒だ。そんな相棒に苦しい思いをさせるわけにはいかない。最悪宗教関係者との折衝を視野に入れて行動をしなくてはいけない。
「あんまり大きな声では言わないほうがいいんだけど、とある貴族筋の方の一言が発端らしいんだけどね・・・。」
アンナの声がどんどん小さくなっていく。貴族と宗教が手を組む。確かに大きな声では言えない。下手に糾弾しようものなら、一族郎党皆殺しにする輩がいる可能性も否定できない。
これはなかなか危険な香りがする。父上の領土で放置するわけには行かない案件だろう。領民の生活を守ることが貴族の務めだ。さらに、それが領地外に出たときの責任追及も大変にもなりそうだ。
「簡単に言うと、「もふもふは正義!!」って動物愛護を謳って、もふもふ、もこもこした動物をとても愛してるの。それが元になって、もふもふ、もこもこした動物を愛する人たちの事を『もふもこ教』って呼ぶ様になってるの。特に悪さしてる宗教団体じゃないし、お布施の要求とかもないのよ。ただ、道端でかわいいもふもふを見かけると『撫でていいですか?』って、時間を取られることがあり得るの。」
いきなりすごい頭痛に襲われた。岩石を砕く巨大なハンマーで横から頭を殴られた様な気分だ。そして発端の貴族の人が発した一言目は、俺の目の前で、対象は相棒な様な気がする。
っていうか母上!!あなたはいったい何をしてらっしゃるのですか!?
二の句が告げなくなった俺に女将さんが話を戻した。
「それで、部屋は結局どこにする?」
「シングル2部屋お願いします。」
鈍痛に耐えながらこたえる。
「残念。うちはシングルないのよ。だから、ツインかダブルで聞いてるの。ツインでいいね?」
やはりいい笑顔で答えた女将さんの言葉に、疲れ果てた俺はうなずくしかなかったのだった。
もふもこ教・・・。
やりすぎたと反省はしている。でも後悔はしていない(キリッ




