007 まだ見ぬ相棒
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「あなた、ダーシャを叱ってはくださらないの?」
妻の言葉はもっともだ。さっきは一応の努力は認めたものの、幼き子供が夜更かしする原因は可能な限り取り除きたい。
子供の将来を憂いでいる横顔に手を伸ばし、慈しむよう言葉をかけた。
「いや、確かに約束を違えた予定の過ごし方は良くないよ。でも、それを取り戻すために別の時間で補えていて、更に大陸一の理解力で身につけているから今回は大目に見てあげようよ。」
先程は領地だけだったのだが、大陸一にまで頭の中で進化したようだ。子が父を敬愛するお返しに、父は子を溺愛している。簡単に言うとただの親馬鹿である。
「なにより、『一族の子が自分で洞窟を見つけた場合は、何よりも優先させるべし。』って、初代様の申しつけがあるんだよ。」
初めて聞く言葉に目を丸くした。貴族の矜持を守るためには、真冬の吹雪の中でも乾布摩擦をする旦那がそれを覆したからだ。
思えば去年の冬、近年稀にみる大雪に見舞われた。あたりは一面の銀世界で、積雪は3mを超えていた。
それでも、新年のクリスマスに陽気に飲んだ酒の席で「今年は毎日乾布摩擦するよ」と宣言し、風邪を引きながらも毎朝薄暗い中に外に出て乾布摩擦をしていた。
人から見ればツマラナイ内容でも『矜持』の守るためには全力を尽くす。そんな旦那が『矜持』よりも優先する『一族の子が自分で洞窟を見つけた場合は、何よりも優先させるべし。』にはどれほどの効力が込められているのか想像したくない。
「でもあなた、ダーシャはまだ6才なのよ。それなのに洞窟を一人で歩くなんてあまりにも危険じゃないですか。」
当たり前の親心。否、常識で考えれば誰しもが心配する内容である。たとえ6才が成人した大人でも未到達地の洞窟を一人で散策しているのは、いざという時に心持たない。
「大丈夫だよ!!一人じゃないから!!僕には相棒がいるから。」
洞窟探検を止められまいと必死に出た言葉は、少年がこれまで誰にも言わず隠していた名前だった。
しまった!と思った時はすでに遅く、マーシャはニヤリととびきりの笑顔をしていた。
「へー。一人じゃないんだ? 私を差し置いて、一体どこの何方と遊んでるのかしら?」
マーシャの仕事に洗濯物も含まれている。泥だらけの服には、決まって何かの毛が付いていた。
何度か正体を暴こうと後をつけたがいつも撒かれてきたのだ。藪だらけの獣道や、細い丸太の橋を渡るなど、お年頃の少女には敷居が高すぎた。何にも増して、支給されている服をそんなことで汚したり破いたりするのが怖かったのだ。
そもそも、生来のお転婆が、領主宅で働いているのには訳がある。その理由の一つが「女の子らしい可愛い服を支給してもらえる」である。奉公にでるには少し早い少女が親元を離れて働く理由なので、追いかけれなかった彼女を責めるのは酷というものだろう。
「それは興味があるね。」
気になるものはとことん突き止める。
好奇心の塊は今まさに新しいターゲットを見つけたのだ。
「ダーシャと同い年で遊べる子供はこの近所にはいない。一番年の近いのがマーシャだけど、そのマーシャも知らないと来ている。」
推理ごっこは調子を上げてきた。
「ナターシャ君。最近この近所に引っ越してきた家族は子供がいたか覚えているかい?」
また始まったかとあきらめ、旦那が愛読しているイギリスの探偵物語の助手の様に合の手をいれた。
「いえ、ダニイル先生。最近越してきたパン職人・ガラス職人・細工職人・装飾職人は弟子がいても最年少が18才です。新しい吟遊詩人は酒場に出入りし始めたようですが、昼間は酒場の女給と逢瀬に勤しんでるようです。子どもが居そうな旅芸人はこんな辺境まで自発的に来る予定は無さそうです。」
最後に厳しい現状を突き付けたが、迷探偵にはどこ吹く風である。
「となると、ダーシャ君の証言は、状況証拠から見ると何も裏付けがとれない状態になるわけだね、ナターシャ君。」
満面の笑みでダーシャを見つめながら状況を確認する。
「えぇ、あなた。その通りよ。」
自分の役目はこれで終わりと、マーシャに新しい紅茶を目で催促した。
「さぁ、ダーシャ君。いよいよもって不思議な話だ。君の言う相棒に当たる人物はこの街に居ないみたいだよ。よもや、夢の中の友達を言ってるわけではあるまいね?」
もちろん嘘など言うわけがない。それは父もよくわかっている。しかし、彼の愛読する探偵小説の探偵とおなじセリフをを言うと、どうしてもこの言い回しになってしまうのだ。当時の作者も、こんな迷探偵が後の世に生まれるとは想像もしなかったであろう。
一方、相棒の事がばれたダーシャは思考の迷路にはまっていた。貴族の矜持に懸けても相棒は存在する。ただ、それを紹介していいものかどうかの判断がつかない。
相棒は人間ではない。洞窟を探検する前、裏山で弱っているところを発見し、食事を与えて時間をかけてようやく仲良くなったのだ。
自分の父に見せて怯えないだろうか、いや、父だからこそ見たら迷わず構いたがるだろう。そうすると、おいしい餌を好きなだけ食べ、いずれは父にも懐いてしまうだろう。
大好きな父に、大好きな相棒を取られるのは、自分が捨てられるような感覚に囚われ、想像しただけで拒否したい。
しかし、なにも見せずに納得する父でもない。
「わかった、ダーシャ君こうしよう。」
思考の渦から呼び戻され、笑顔の父は言い放った。
「これから皆で会いに行こう。」
拒否する権利はダーシャには与えられなかった。
初の2200字オーバー
会話ベースだといつもの感覚でも文字数が進む。