006 一家団欒
応接間に飛びこむと、父は優雅に紅茶を飲んでいた。スーツ姿に片眼鏡をかけ、シルクハットとマントはまだつけたままだ。正直お行儀がわるい。
「父上、おかえりなさいませ。」
からかわれた事に気が付きむくれながらも、父に出迎えの挨拶をした。
「ダーシャ、すごいじゃないか。」
父の返答は意味がわからなかった。30分以上もからかわれた事に気がつかずに手紙を探していたのをネタに、また遊ばれるのかと警戒してしまう。
「だって、あの手紙を全部読めたんだよ。すごいよ。」
どうやら本気で褒めているようだ。
「ダーシャはまだ6歳なんだよ。僕の領地で文字を読める人はそんなに多くない。でもその中では、絶対に最年少だよ。」
父は手放しで喜んでいる。父に褒められて、嫌々ながらも貴族の義務と思って勉強をした時間が報われた瞬間だ。
「毎日、夜遅くまで頑張った甲斐がありましたね。」
母も努力を認めてくれた。含んだ言葉に気がつくことはできなかった。まだまだ言外の言に気づかない雇い主をフォローするように、従者はかわいらしくつぶやいた。
「本当は毎朝するって約束してるのに、1日洞窟に籠ってるから夜になるんだよね?」
「マーシャは意地悪だ。」
内緒にしておきたい痛いところをつかれ、本日2度目の苦情を申し付けた。
「だって、ダーシャが悪いのよ?ちゃんと一番鶏が鳴いたときに目を覚まして、着替えて、顔を洗って、ご飯を食べてすぐにお勉強したらいいのに。」
息を吸いなおして、更に捲し立てる。
「ダーシャときたら、夜遅くまで勉強してたからもうちょっとって言って、2番鐘が鳴ったころにようやく起きてきたかと思ったら、ご飯を咥えて洞窟にこもって、服をどろどろにするんだから。」
溜まっていた鬱憤を一気に言い放ち、上機嫌のマーシャ。反対に、父の前で普段の堕落した生活を暴露されこの場を逃げ出したくなった。
『貴族は矜持をもった生活を行わなくてはならない』
それは祖父の代からの口癖であり、グリエフ家の家訓でもある。
一度口にした約束を守るのは貴族として当然の義務であり、その義務を果たさないとは矜持を持たないオオカミと一緒であると、小さい頃から口を酸っぱくして言われ続けたことだ。
オオカミはグリエフ家の紋章にもなっている神聖な生き物だ。片割れのドラゴンの膨大な魔力だけでなく、オオカミの気高さで生きるというご先祖様の意向である。
「なんだって!!ダーシャ!!」
父は大声で詰め寄った。普段は滅多に怒ることのない父だが、怒るとかなり怖い。いつもの笑顔はオーガの形相になり、にじみ出る魔力が空気を圧迫する。
「洞窟って一体どこにあるんだい?」
全員の予想の斜め上を行く質問をしてきた。
「え…。裏山の大木の裏にあるよ。藪の陰にあるから、大人は見つけにくいのかも。」
今まで誰に聞かれても「もう行っちゃいけません」と言われた挙句、入口をふさがれるのを恐れて答えてこなかったが、この流れで頭が真っ白になり、正直に入口の場所を教えてしまった。
「それで、深さはどの位あるんだ?奥まで辿りつけたのか?変な生き物はいないのか?」
矢継ぎ早に質問を投げつける父の目は、子供のようにキラキラと輝いていた。
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