035 俺に出来る事
サヤーニャの指示通りに火をつけることに成功した。生まれて初めて自分で使う発火魔法。今まで使えていた魔術が暗視だけだったので、日常生活の助けになると考えると素直に嬉しい。
「ダーシャ君は筋がいいかもね。ひょっとして他にも使える魔術がある?」
「一応独学で暗視が使えるけど、これって魔術になるのかどうか分からない。」
「んー どんなの?」
「視る行為に少し魔力を流すと、昼間までじゃないけど、動くのに困らない位は周りを見通すことができるんだ。」
隠すこともなく正直に答えた。
「へー。初めて聞いた。でも、ダーシャ君にはぴったりの魔術ね」
まったくもってその通りだ。炭鉱でたいまつが尽きた時に、この暗視のお蔭で何度も無事に地上に戻れたものだ。
「炭鉱生活するうちに、知識の偏りが酷くなったのね。でも、発掘って作業を考えると私たちには有利かしら。」
刻印屋としての面から考えると、素材によっては暗闇の中で探す必要もあるだろうし、自分で希少素材の採取ができると便利だ。
「そんな、炭鉱出身のダーシャ君に1個お願いしてもいい?」
彼女のお願いとは、この周りに深さ1m・幅1m・長さ2mの穴を掘って欲しいとの事だった。
10分で掘り上げ、こんなもので良いかと確認すると、一緒に出た石を足元に並べて、極力土面を表に出さない様にして欲しいと追加指示を受けた。
さらに10分経ち、俺は言われた通りの作業を完了させた。
「嗚呼。素敵な仕事ね。じゃぁ、最後の仕上げと行きますか。ツルハシ貸してね。」
そういうや、穴と湖の間溝を掘った。穴に9割程の水が溜まった所で、溝を埋めた。
「ふふ~ん。後は、これをこうしてと。」
さっき作ったかまどの熱くなった石をドボンドボンと、水を貯めた穴に全て落としてしまった。水は、石が落ちる旅にジュシャと破裂音の様な音を立て、辺りには水蒸気が発生していた。
水の中に手をいれて、「こんなものかな~?」と1人嬉しそうである。
「そしたらさ、水の中に手を入れてみて。」
促されるがままに水に手を入れると・・
「アチッ!」
それは水ではなく、お湯であった。
「ふふーん。お風呂のでっきあっがりー!」
誰に言うわけでもなく、声高々に完成を宣言した。
「何もできなかった、ダーシャ君が火を起こす事と、お風呂を作ることを覚えました。」
確かに、今までの自分ではできなかった事だ。
「こうやって、何でも体験しながら覚えるのが一番。穴掘ってるときに、何で穴掘ってるかって考えたでしょ?」
今まで『掘る』と言う行為は、発掘するためと意味があった。意味の無い作業を何故するのかと考えていたけど、お風呂とはまったくもって想定外だった。
「考えて、動いて、間違えて、人間は成長するんだよ。」
えっへんと胸を張っている。
「そしたら、せっかくなので私はお風呂入るけど、ダーシャ君はちょっと席を外してくれると嬉しいな~。」
「ああっと、ごめんなさい。」
自分は悪くないのに、なぜか謝って最初の焚き火に戻った。
さっき覚えたばかりの『火種』の作り方を反復練習した。集中できていないせいか成功率半分って所だ。
やはり、年頃の男として、女性に気を使わせたのが引っ掛かってるみたいだ。貴族として気の使い方を忘れている。女性に恥をかかせるのはタブーだ。後できちんと謝っておこう。
焚き火の中1人反省しながら、サヤーニャがお風呂から出るのをションボリと待つのであった。
彼女が風呂から出てきたのは、それから1時間も経ってからだった。
リアルでできる事、できない事を分けて考えると難しい・・・。
実際、何も持ってなくて火をつける方法って、手段が限られる・・・。




