024 適合者 その1
バディと戯れていると、ノックの音が響いた。
「開いてますよ。」
ノックに応えると、ドアの向こうから医師先生と看護婦が入ってきた。
「朝食をお持ちしました。」
トレイで運ばれてきたのは オートミルとアンチョビにリンゴだった。リンゴの皮は切込み細工が施され、ウサギの耳がピンと尖っていた。
「ウサギを喜ぶ年ではないのですが。」
「ウサギで喜んでるように見えますよ。」
看護婦と見つめ合うと、お互いクスリと笑った。このウサギは曰くつきだ。炭鉱に連れられて不覚にも物陰で涙していたときに看護婦に見つかり、その時にこれを出してもらった。以来看護婦は、何かにつけてリンゴにはウサギ耳の切込みを入れるようになった。
「あの時の少年が、もう旅立たっちゃうのね。」
その横顔は少し寂しそうである。いつも支えてくれた女性に僕は何もお返しができていない。
「もうちょっと療養しなきゃいけないので、1週間は足止めみたいですよ。」
「じゃぁ、しっかりと看病しますね。」
看護婦には頭があがらない。幸いベットに座って作業はできそうだし、久しぶりに木でも削って何か作ってプレゼントしよう。
運んでもらった朝食を綺麗に食べあげると、昨日の昼から何も食べていなかったことを思い出した。
「昨日ももってきたのに、少年は寝てたからもって帰って私のご飯にしました。」
それは申しわけないことをした。しかし、眠りに抗えなかったのは仕方がないので許してほしい。
謝罪する僕に、「うそうそ。」と笑いながら続けた。
「本当はバディちゃんとご飯を半分こにしました。少年がいつもバディちゃんと半分にしてるのは知ってたからね。」
笑顔のカウンターパンチに、この女性には敵わないやと両手をあげた。
「そうだ。昨日名前を返してもらえました。改めて自己紹介をしてもいいでしょうか。」
炭鉱奴隷として名前を奪われていたので、昨日まで自分の名前を思い出せなかった。元髭もじゃが解放を宣言してくれたので、自分の名前を思い出せたのだ。
「そうなの!? おめでとう。 じゃぁ教えてもらうわ。」
その様子を医師先生はニヤニヤ笑って見ている。
「改めまして、僕の名は『ダーリヤ・ダニイル・グリエフ』です。 この地を治める領主『ダニイル・アルカージエヴィチ・グリエフ』の子です。」
看護婦は飲んでたお茶を盛大に吹いた。そのままゴホゴホと気管に入った水分と格闘している。医師先生は大爆笑している。床に転がり手足をバタバタ動かして、看護婦の反応がツボに入ったようだ。
バディは、濡れた毛皮を逆立て、ブルブルと振るうと僕の横に座り、みんなの様子を覗っている。
「ちょ・・・ちょっとまって!? 少年が、貴族様!? それもこの領地の跡取り!?」
かなり慌てている。今まで一度もいったことはなかったから仕方がないだろうが、そんなに慌てなくてもいいのではないだろうか。
「うん。そうだよ。髭もじゃ辺りは知ってる話だけど、さすがに看護婦までは伝えられてなかったかな。」
「全くももって初耳だよ・・です。それならそうと早く教えてくれてもよかったのに・・じゃないですか。」
うん、しゃべり方がおかしくなってる。
「話し方は今まで通りで良いよ。よそよそしくされると少し寂しいから。」
看護婦が既を使わずに済むように何時も通りの話し方を促す。相棒も後押しするように相棒も『わふ』と鳴いた。
「そう言うことなら、今まで通りでいかせてもらうね。」
色々飲み込んでくれた彼女に感謝した。




