136 依頼達成
「ただいま戻りました。」
昨日と違い、屋外用テーブルに真っ白のクロスを敷き、丁度抽出された紅茶を白磁器のカップに注いで優雅なお茶を楽しむ母の元に戻ってきた。
「お帰りなさい、ダーシャちゃんバディちゃん。今日3回目ね。」
「いいなぁ、ナターシャ。僕の所には1回しか来てくれてないのに、もう3回も会いにきてるのかい? ダーシャ君、これは贔屓じゃないのかな?
「何を言ってるんですか父上。父上と会うのも今日2度目ですよ。母上は無理難題を言うクライアントです。そして父上は困った職人にアドバイスをくれる工房長みたいなものですよ。」
「頼りにされてるのは嬉しいけど、ちゃんと子供らしく『パパに助けてもらいたかった。』と言われるほうが好きだな。あまり父親らしいこと出来てないけど、自分の子供に甘えられるのは親の特権なんだよ。」
「そうよダーシャちゃん。小さいに言葉遣いをがんばって覚えてからずっと敬語を使ってるけど、私達と話すときはもっと砕けた言葉でいいのよ。」
「うん、そうだよダーシャ君。僕の育て方が悪かった所為だけど、君の言葉遣いはかなり固い。君が鉱山に行くと決めたときに、副産物で言葉遣いがもっと砕けると良いなと考えてたんだから。ここは君の家なんだ、もっとリラックスしなさい。これからは、『父さん』『母さん』と呼ぶと良い。なんなら『パパ』『ママ』でも良いよ。」
そういって2人は目を見合わせるとウンウンと頷く。父上はいつもの悪戯成功って顔をしている。物心付いたときからずっと読んでる呼び方を帰るのはなんだかくすぐったいが『パパ』『ママ』と呼ぶよりはぜんぜんいいか・・・。、
「と、父さん、母さん、ありがとう。」
俺の言葉に感動した2人は、椅子から立ち上がり家族3人で抱き合った。俺は本当にこの家に帰ってこれたんだと今更ながら実感し、父と母の温もりとは別に頬に暖かいものを感じさせる。
「そうだ、と、父さん、母さん。完成したよ。相棒が使える文字盤。」
やはりまだ照れが前面に出てしまう。それを振り切るように俺は完成した文字盤を地面に広げた。
「おお。」 「あら、ほんと?」
眉をひそめる母と、驚いた顔の父。
「さっきと何も変わってないように見えるけど……?」
「へぇ、そう使ったのかい。」
「こうなりました。ほら相棒、母さんに言いたいことあるんだろ?」
相棒の前に文字盤を広げる。お母さん好きを指差した。
「バ、バディちゃんのもふもふした手で大好きって……、マーシャ。」
「奥様おめでとうございます。大変うらやましく思います。これからは私が文字をお教えしますので、奥様は成果が出るまでお待ちください。」
「何を言ってるのマーシャ。私がじっくりとバディちゃんに教えるから、あなたの仕事は無いのよ。」
相棒の手が動くたびに二人してキャイキャイ騒がしい時間が過ぎていった。
「じゃぁ、僕からも良いかな。」
右手を上げると、屋敷のほうからセイゲルが二人の女性を案内してきた。1人は残念家庭教師、もう1人は刻印の剣舞士だ。
「ダーシャ君お久しぶりね。」
「ああ、久しぶり。俺の家庭教師になってもらえると聞いたよ。」
「ええ、手加減せずにびしびし鍛えるから覚悟してね。」
「お手柔らかに頼むよ。」
「ところで、その文字盤はあなたが作ったの?」
視線の先には、文字盤の上を忙しそうに動かすバディと質問を続けるマーシャの姿。
「うん。何とか完成にこぎつけた感じだよ。」
「残念、私の方が一足遅かったか。」
どうやらサヤーニャも何か作品を持ってきたらしい。
「そこにいる領主殿に依頼されてね。刻印はすぐに出来たんだけど、手持ちの『魔素水』が切れててね。ちょっとだけ君の工房を借りたよ。」
悪びれもせずにそう言い放つと刻印に刻まれたネックレスを出す。この屋敷で刻印を作るなら俺の工房しかないし、父さんからの依頼なら勝手に使われても文句も言えない。
「ナターシャ殿、グリエフ卿からあなたへのプレゼントだ。使い方はバディの首にかけるだけだ。」
サヤーニャからネックレスを受け取ると、相棒の首に取り付ける。途中首元に抱きつき1分ほど作業が進まなかったのは生暖かい目で見守ることしか出来なかった。
「バディ、きつくないか?」
「ああ、活動に支障が出るほどではない。」
「バディちゃんがしゃべった!?」
2人は目を大きく開き、これ以上無いってくらい驚いた。
「ああ、男爵の執務室にあった刻印の対を成す方だ。サイズを小さくしつつ、受信した魔素を音声に変換するものだ。男爵を捉える際にバディが『月の滴』の力で話せていたから魔素を受信できれば何とかなるだろうと考案したんだ。」
「これは楽になる。屋敷に居る間に文字を覚える時間を取られるのは正直何とかならないかと考えていたんだ。サヤーニャ感謝する。」
「でも、何か、予想より偉そうで可愛くない。」
「ええ、ダニイル。これは失敗作よ。」
お互いに首を振ると、父さんに詰め寄る。
「そんな事を言われても、僕は頼んだだけだし、実際のバディも同じように話し……。」
「それ以上しゃべってバディちゃんを陥れないで頂戴。……マーシャ。」
「はい奥様。すでに取り外しました。」
なんともすばやいコンビプレーにより、相棒の首からネックレスははずされ、母さんの手に渡っている。
「ダニイル。残念ながらあなたの用意したものは失敗作よ。バディちゃんの可愛さがちっとも前面に出てないわ。それに比べてダーシャちゃんの作品は、バディちゃんの愛らしさを余すことなく表現できてるのよ。これはまさしくバディちゃんと会話するための作品よ。」
よくわらから無い興奮の仕方をしている母を意識から切り離し、サヤーニャと話を進める。
「サヤーニャ、後でその刻印の作り方を教えてもらえないか?」
これを改良すれば、遠隔地に居ながら双方向で会話をすることが出来る。前時代に存在したという携帯電話と同じ物が作れれば、今後の領地の発展につながるだろう。
「わかったわ。最初の授業は『遠隔通話刻印』の作成からにしましょう。」
皆様にブクマや評価を頂き
日刊ランキング17位と身に余る評価をいただきました。
評価されると執筆意欲に繋がる単純な作者です。
今回は文字盤をわかりやすくイラスト化しようと試みましたが
皆さんの意見はいかがでしょうか?
いいね!と思った方は評価・感想いただけると嬉しいです。




