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月の滴  作者: あれっきーの
これからの事
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132 フォリシアの過去(後編)

「フォリシアはその生い立ちの所為で、幼少の頃は室内で蝶よ花よと可愛がられていました。年の近い兄弟が居ればよかったのですが、生憎と末っ子長女で、フェルナンド準男爵にそれはもう可愛がられていました。屋敷から出せば誘拐されると屋外に出ることは、無く室内で出来る事といえば絵を描いたり読書をしたりとなります。こう言っては何ですが、ダーシャ様より領主子息の生活をしていたと言えばご理解頂けるでしょうか。」


 確かに俺は屋敷から勝手に抜け出しては森や川に遊びにでて、姉代わりの存在(マーシャ)に怒られていた。あの時俺が望まれていた生活をしていたのならかなり窮屈な生活だっただろう。


「年を重ねても、読書や絵を描くことが好きなのは良いのですが、少し度が過ぎているのが難点で……。簡単に言うと、何かをやり始めると歯止めがきかないのですよ。」


 執事(セイゲル)は優しい目でフォリシアを見つめている。大切な姪っ子(妹の娘)のことが心配で堪らないのだろう。


「パン屋、仕立て屋、貴金属工房と問題を起こし、問題の起きようが無い職業に何とか付かせたいというフォリシア準男爵の願いを聞きグリエフ様に相談したところ、王国図書館に就職することが出来たのです、しかしそこでも問題を起こしました。」


 ここ一番で大きなため息を吐く。眉間には深い皺が寄っている。心なしか自慢の髭から艶が失われたように感じる。フォリシアは死刑執行台の上に鎮座する死刑囚のように苦々しい表情でテーブルを見つめている。執行人(セイゲル)は厳粛な顔でギロチンを下ろした(事件を告げた)


「王国図書館はその名の通り王国が管理し、また王国最大の規模を誇っている図書館です。その蔵書管理を数人の司書で出来るわけが無く、分類に沿って専用の司書団を結成しています。子爵の口利きとはいえフォリシア自身にまったく信用が無いため、担当を言い渡されたのは重要度の低い前時代のファンタジー小説という分類でした。」


「ファンタジー小説?」


 俺の知らない分類が出て来たため思わず口を挟んでしまった。


「まぁ、そのようなジャンルがあるということだけご理解いただければ大丈夫です。とにかくフォリシアはファンタジー小説に魅せられてしまい、司書の仕事と称して仕事の日もプライベートも関係なく朝から晩まで読み漁ってしまったのです。」


 のめり込む性質というのは本当に大変なんだろう。俺も子供の頃に刻印を開発するために朝から工房に入り浸ってはマーシャに怒られていた事を思い出した。自分がした過去を他人の経験と照らし合わせると、どれだけ回りに迷惑をかけ恥ずかしいことをしたものだとただ恥じるばかりだ。


「その作品群は、簡単に言うと当時は夢物語、今では有り触れた現実となった魔物が跋扈(ばっこ)し戦士が剣を取って立ち向かい、魔法使いが炎や氷を打ち込む世界でした。現在と違うのは誰でも魔法を使えるというくらいですかね。」


 確かに剣や槍くらいなら誰でも簡単に手に入る。むしろ前時代なら、失われた技術(ロストテクノロジー)電子力銃(レーザー)光子力砲(パルスキャノン)の方が魔物の殲滅力は高いのではないだろうか。何故魔物との戦いを危険な物理武器で戦う物語が分類枠を確保するほど出版されたのかが理解に苦しむ。


「現在魔法を使えるのは一部の貴族だけです。それに変わる手段として存在するのが刻印です。フォリシアは刻印に強い憧れを抱くようになり、担当分類部署移動をファンタジー小説分類から刻印分類へと希望しました。公開制限が掛かっている刻印分類の担当になれるわけが無く、どうしてもなりたいと駄々をこねましたが身分格差により受け入れられませんでした。ここで諦めてくれればよかったものの、刻印分類の担当者と距離を近づけ堂々と入り浸る計画を立てて実行してしまったのです。持ち前の行動力にフォリシアにとって幸運が重なり、なんと顔パスで刻印分類に入れるようになってしまいました。」


 自分の発言で頭痛がしたのか、眉間を押さえると深いため息を吐いた。3度深いため息を吐くと続きを話し始めた。


「これは本人以外の関係者にすれば、不運の始まり以外なんでもないのはいうまでも有りません。司書の格好をして棚の整理をする振りをして読書に耽る。当然自分の仕事は一切せず、ファンタジー小説分類担当者から苦情が責任者に上がりました。その頃フォリシアは刻印分類の本を半分ほど読んだのですが、触媒に使う『命の水(アクア・ウェタイ)』を手に入れることが出来ず手に入れた知識を試すことが出来ない状態にありました。そして打開する手段が無いかと、刻印分類の禁書コーナーに入ってしまったのです。禁書コーナーに入るためには許可証が必要になります。許可証を持たずに入った為警報がなり、警備員に取り押さえられそのまま責任者の元に運ばれました。その罪人がグリエフ子爵(旦那様)の紹介で働いている件のファンタジー分類担当者と言うことで責任者は頭を悩ませました。グリエフ子爵(旦那様)は責任者より上のお立場の方です。この件を相談と言う形でグリエフ子爵(旦那様)に持ち込まれ、関係者全員に口止めおよび、フォリシアには口外禁止の刻印をつけられ図書館から放逐される結果になりました。」


 |公開処刑された罪人《過去を暴かれたフォリシア》は微動だにせず、相変わらずテーブルを見つめている。その内視線で穴が開くんじゃないかという力強い視線だ。ソコまでして伯父(セイゲル)の顔を見たくないのだろう。


「丁度そのタイミングで、ダーシャ様が『月の滴』を掘り当てたという事で、貴族の教育を受けたフォリシアを家庭教師として目の届く所で監視するしながら働く運びになったのです。」


 現状を理解すると執事(セイゲル)の溜息が俺にもうつってしまった。やばい、本気で頭が痛くなってきた。つまりそんな問題児が俺の家庭教師で、見習い弟子になってしまったと。チラリと問題児(フォリシア)に目をやると丁度視線があった。一瞬所在なさげな顔をしたと思ったが、にこりと微笑むと懐いた犬の尻尾のように右手を小刻みに振ってきた。


 よし。部屋に戻って相棒(バディ)の毛づくろいをしよう。俺はその場を離れ現実逃避する道を選んだ。


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