131 フォリシアの過去(前編)
「それよりも執事さんとフォリシアは親戚筋だったんだね。もっと早く言ってくれたら良かったのに。」
この部屋の空気を変える為に2人の顔を見比べながらフランクに話題をふる。決して笑顔のメイドから逃げる為に話を逸らすためじゃない。しかし執事は難しい顔をして眼を伏せる。
明るくしようとした空気が一瞬にして変わった。質の変わった空気を感じたのか、執事の後ろに控えるハウスキーパーの集団は1人また1人と食堂から退室していった。最初に部屋を出て行ったのはマーシャだ。執事が顔を伏せると同時にドアの前にいたのはずるい。
執事が顔を伏せてから30秒。最後の1人が居なくなると、ようやく執事が顔を上げた。
「空気を読んで全員退室するまで30秒強ですか。まだまだ教育が足りてませんね。教育係にまかせっきりではなく私もきっちり指導しないといけないですね。」
ケロッとした顔で予想の埒外の言葉を吐く。そういえばこの人はこんな人だった。第一に領主のことを考えて、その次にハウスキーパーの能力を高め領主の家族に最大限の奉仕をしてくれる。
そう考えると余計に気になるのが執事と家庭教師の関係だ。伯父姪の親戚筋としても、執事が領主邸に招き入れるという事は、その眼鏡に適うだけの能力があるはずだ。そこから推測するに、習う予定の一般教養や、この国の情勢、税の処理のどれかに対して造詣が深いのだろう。俺としては世界の情報を教えてもらえればそれですぐに旅に出れるんだけどな。
「それではダーシャ様お待たせしました。僭越ながら私とフォリシアの関係についてご説明させていただきます。」
フォリシアに視線を向けると、背筋を正して伯父の方を見ている。その顔からは血の気が引いている。
「フォリシアは私の妹の娘になります。私の家は代々グリエフ家に仕えさせていただく執事の家系で、その家の長男として私は生まれました。フォリシアの母は私の妹で、3人兄弟の末っ子として生まれました。ちなみに真ん中はバストルで、先日ダーシャ様に無礼を働いた元キゼルの代官に執事として仕えていました。その節は愚弟が大変ご迷惑おかけしました事、深くお詫び申し上げます。」
ふかぶかと頭を下げさげた。有無を言わさぬ謝罪とはこういうことを言うのだろう。俺は特に気にしていなかったので笑顔でその謝罪を受けいれた。俺の笑顔の意味を理解してくれたのか、話はそのまま続けてくれた。
「フォリシアの母オリガは、兄の欲目を抜きにしても美しい娘で自慢の妹です。その美貌だけでなく、人当たりの良さからフェルナント準男爵のお目に留まり嫁ぐことが出来ました。」
きっと大切な家族なのだろう。妹の顔を思い出しながら話してるのが良くわかる笑顔だ。
「フェルナント準男爵は大変聡明で、子供の自立にもご理解されてるお方でした。最初フォリシアが毎日食べるパンを作る人になりたいと言えば、その町のパン屋に弟子入りさせ技術の習得をさせようとしました。しかしある日、パン屋の主人からオリガ経由で私に手紙が届きました。直接の交流が無い私に何故手紙がと不思議に思いながら封を開けると、『フェルナント準男爵のお嬢様が予定数以上のパンを作り、腐らせないようにと大安売りする為に店は赤字になるし、同業者からは白い目で見られる。しかし貴族の子供なので平民の立場として解雇を言いつけると自分の首が物理的に飛んでしまう。グリエフ家の執事であり、オリガの兄である私に助けを求めたい』との内容でした。手紙を読むと私は急いで事実確認をしました。店主の言うとおり低所得生活者は安いパンを求めて行列を作り、安いだけでなく美味しい事もあり町中の住人が行列を作っていました。他のパン屋はまばらに買い物客が居るだけで何店舗かは閉店の札が掛かっていました。、私は急いでフォリシアを店から辞めさせ、フェルナンド準男爵とオリガに子供の行動をしっかりと把握するよう苦言を申し上げました。幸い閉店の札を掲げたパン屋は準男爵より見舞金が出てお店を再開することができましたし、修行に出ていたパン屋も赤字は出したものの今まで以上に美味しいパンのレシピを手に入れた上、固定客が増えたこともあり、準男爵の娘の仕業と同業者もわかってくれたので無事に解決したのです。」
一息にまくし立てられ、俺は握っていたこぶしから力を緩めた。俺の様子を見て執事は、目の前のグラスに飲料水を注ぎ、飲むように勧めてくれた。その気遣いを受け一息に飲んだ姿を確認すると、また話を続け始めた。
「ただ、同じことがパン屋以外でも起きてしまったのです。自分で服を作りたいと仕立て屋に弟子入りし、アクセサリーを作りたいと貴金属工房に弟子入りしました。仕立て屋では世間に受け入れてもらえない独創的な新しいデザインの服を作り、貴金属工房では勝手に宝石などの材料を発注して工房の財政を圧迫してしまい、最終的にはフェルナント準男爵がそのまま買い取る事態が発生しました。」
深いため息をつく執事、その視線の先には真っ赤な顔をして俯く問題児がいた。自分のしでかした過去を冷静に回りから伝えられることで、どれだけ大変なことをしたのか再認識しているのだろう。




