127 家庭教師の夢
食堂へ向かう途中、フォリシアから質問を受けた。
「それで、ダーシャ君は『魔素水』を使って何を作ろうとしてたの?」
「母上に出された課題だよ。」
「どんな課題?」
「母上が相棒とお話できるようになりたいんだってさ。」
俺や父上が話せることはさすがに内緒だ。フォリシアに魔力が無ければ領主親子の頭がおかしいと噂を立てられてしまう。
「……それはまた、なんというか、大変な課題ね。」
少し間を空け、言葉を選ぶフォリシア。きっと、『小さい頃に子供から引き裂かれた母親が子離れできないために、俺に無理難題を課して家に引きとめようとしてる』とか考えているのだろう。
「でも、それに『魔素水』を使う必要があるの? あれってかなり高いんでしょ? それに、そんな方法があるとか聞いたこと無いわよ。」
鋭いところを付いてくる。
「新しい刻印を考える必要があるかなと思ってね。」
とっさにでたらめを言う。まさかキリル文字表に使いますなんて言える雰囲気じゃない。しかし、俺の言葉に表情を変えた。
「刻印が作れるって本当なので。その年齢ですごいわね。」
「そんなこと無いさ、誰だって作る環境があれば作れるよ。俺はたまたま運が良かっただけさ。」
俺の生まれた家がグリエフ家という事で、小さい頃から刻印に触れる機会に恵まれた。一般家庭の子供であれば、近所に刻印士が居てその人と仲良くできていれば、俺と同じように刻印に触れる機会もあるだろう。実際に俺の運がよければ鉱山に行くことは無かっただろう。
「それなら、私にも作れる?」
目をキラキラ輝かせて体を前に寄せてきた。
「ああ、試しに簡単な物作ってみるかい?」
「子供の頃から魔法使いに憧れていたの。この前も刻印を真似て木の板に刻んだけど発動くてがっかりしたの。お願いします。是非私の師匠になってください。」
彼女の琴線に触れたのかもしれない。当初の家庭教師と生徒という立場が逆転した気がしないでもない。しかし、あまりの熱意に俺は首を縦に振るしか出来なかった。
その頃
「おかしいな、確かここら辺になおしてたと思ったんだけどなぁ。」
前時代の遺物を収納している倉庫で何かを漁る領主の姿があった。息子が作るよりも速くあれを見つけて、妻の喜ぶ顔を独り占めしたい。其れが領主の狙いだった。
「こっちにも無いとすると、あそこの棚かな……?」
視線の先には高さ4mはあろうかという巨大な棚だった。両手に魔素を集めると、目的の棚にある箱が忽然と姿を消した。次の瞬間領主の足元に箱が現れた。
「やっぱりこっちが怪しいな。」
行使できるものが少ない空間系魔術を使って何を探しているかと言うと
「あった、『バ○リンガル』!!
これである。前時代に作成された器具で、愛犬の言葉を翻訳してくれると言う機械。
「コレさえあればダーシャに勝ったも同然だ」
説明書通りに電池を入れ、スイッチをONにするが動かない。
「何故だ? 何故動かないんだ~~~!!!」
倉庫内に響き渡る領主の声。そもそも、魔素の影響で全ての電子機器が壊れているのにこれが動くわけがない。よしんば動いたとしても今度は電池切れという罠が仕組まれていたことに領主はまだ気がついていなかった。




