122 生物の壁
『言葉には力が宿る』というが、宿る人と宿らない人の差は魔力だったようだ。学会という物が存在していれば、この発見に大いに沸いたことだろう。裏腹に、俺の心はダメージを負ってしまった。
「相棒、教えて欲しいんだけど、俺の言葉と母上の言葉がどのように違うか教えてもらっていいか?」
自分の言葉が理解されていなかった事実を突きつけられて、女性陣はこれ以上無いって位に暗い顔をしている。この一帯で葬儀が行われているかのような雰囲気だ。
「わふ、わふ、がふ。」
「そうか……」
俺と相棒の会話を心配そうに見つめている。その中にも羨望の割合があるのはこの際無視しておこう。
「ダーシャちゃん……。 それで、バディちゃんは何て言ってるの?」
まるで今際の患者を診断した医者に、今後の状況を聞くかの如く静かに、だけど明確な意思で聴いてくる。
「はい母上。まず、魔力の篭っていない声は、空気の抜ける音や大きさそれに音の高低が聞こえるだけだそうです。つまり俺達が他の動物の声を聞くときと大差が無いです。そしてその言葉の羅列による意味の全てを理解できないそうです。」
「つまりどういうこと?」
ずっと黙っていたマーシャが横から口を挟む。
「俺達人間は、動物と違い言葉で意思の疎通をします。そして相棒もある程度其れを理解しています。」
2人は神妙な顔をして続きを促す。
「『ごはん』や『飲み物』のような単語だけであれば理解できるそうです。」
2人の顔に希望が見えた。
「なので現状だと、母上達から相棒が覚えている単語を投げかけて、其れに対する反応待ちになります。」
「それって、今までと何も変わらなくない?」
マーシャから鋭い指摘が入った。いや、まったく持ってその通りなんだよね。
「残念ながら、その通りだね。」
「ダーシャちゃん。」
母上の発した言葉で回りの温度が下がった気がした。
「な、何でしょう母上。」
しかし、無視することも出来ない。ここは意を決して立ち向かわないといけない場面だ。
「私の課題は、バディちゃんとお話できるようにする事なの。判るわよね?」
有無を言わさないこのプレッシャー。俺の人生でここまでのプレッシャーに襲われたことは無い。
「はい、母上。」
「であれば、バディちゃんに文字や言葉を教えるか、別の方法を考えるしかないわよね?」
有無を言わせない通達に、俺は頷くしかなかった。そして相棒と打ち合わせをすると言って2人の前から逃げ出した。
「さて、どうしたものかな。」
自室に逃げ帰った俺は、相棒と今後について緊急会議を行った。
「すまないな相棒。あらかじめ私から説明しておくべきだった。」
「いや、気にするなよ。確認しなかった俺が悪いんだから。」
2人で顔を見合わせてため息をつく。
「何となくなら言ってることが判るんだ。ただ、細かいニュアンスとかを求められるとさっぱりだ。それと文字のほうは、ステファンが何かを読んだり書いたりしてるのは知っていたが、この体で文字を認識するのはなかなか骨でな。ついつい覚える機会を失していたのさ。」
申し訳なさそうに俺を見て口を開く
「何か良い手はあるか?」
今考えられる手は1個しかない。それは、相棒に文字や簡単な日常会話を教え込み、工房で作ってもらったキリル文字表を使いこなすことだ。そして今の会話で気になることがあった。
「文字を認識しづらいってのは、魔力の篭っていない文字だから見えづらいって事でいいのかい?」
「ああ。その認識であってる。」
「それならば、文字に関しては何とかできるかもしれないぞ。」
現状を打開する手が頭の中に浮かんできた。そしてこれが駄目なら、本気で別の手段を考えなくてはいけない。そっちの手段であれば今の俺には荷が勝ちすぎる。何とか思いついた手段でこなしたいところだ。
「いいアイデアが沸いてきたので、父上の所へ相談に行ってきます。」




