012 帰還パーティー
領主の帰還により、その日の夕飯はいつもより豪華だった。その理由にバディの歓迎会の意味合いもあったのは言うまでもない。
母の強い意向で、とっておきの鹿のモモ肉で作られたハムと、注文してから1年かけて届いたパルマ産のチェダーチーズを惜しげもなく使っている。
「あーん、おいしい。ダニイルが帰ってきたからこそ食べれる贅沢よね。」
といいつつ、母が料理を取り分けている相手はバディである。
「はい、バディちゃん。いっぱい食べてね。」
そんな妻をあきらめた様子でみながら、ウォッカを流し込む父。諦めてるのではなく、妻の喜んでいる姿をみて微笑んでいる。
「父上、今回の視察は何か面白いことがあったのですか?」
せっかくの豪華な夕飯なのに、2人の視線がずっとバディに行っているので少し嫉妬気味である。
「ああ、いっぱいあったよ。」
グラスを煽って土産話を始めた。
「ベレズニキはさすがに港町。相変わらず新鮮な魚が揚がっていたし、住人を始め行商人までもが笑顔で商売していたよ。」
新しいグラスに土産に持ち帰った葡萄酒を注ぎながら続ける。
「ヤイヴァは新しい魔法具ができたみたいで、こっちにも商人がたくさんいたね。なんでも空飛ぶホウキを加工して、大型搬送具を完成したらしい。これができれば馬がいなくても行商ができると言っていたけど、魔力の補給をどうするかはこれからの課題だね。」
妻のグラスにも葡萄酒を注ぐ。
「なんでも100kmの移動に金貨10枚分の費用がかかると言ってたから、魔力効率化がどこまで進むかが楽しみだよ。僕の領地からこんな素晴らしい技術が生まれると、今後の発展が楽しみになるね。」
ダーシャのグラスにも注いだ。
「キゼルとクバハは相変わらずだよ。鍛冶の街と鉱山の町。あそこの産業効率がもう少し上がれば、僕の領地は安泰なんだけどねぇ。」
全員のグラスが葡萄酒で満たされた事を確認して、おもむろに立ち上がった。
「さて、これからの領地発展と、新しい家族に乾杯!」
「かんぱーい!」
それぞれがグラスを掲げ、一息で飲み干す。
「ん~。いい葡萄酒だ。今年は当たり年だね。今度の税収は楽しみだ。」
「そうだ、ダーシャ。今日の洞窟だけどさ。」
いきなり自分の弱いところを突っ込まれ、むせてしまう。
「はい。もう一人では行きません。」
バディと行くことを考え、一人で行ったことを素直に詫びる。
「いや、それはいいんだ。いや、あんまり良くないんだけど、その話じゃなくてね。」
にこりと笑うとバディの横に座り込み、鹿のモモ肉ハムの骨の部分を咥えさせた。
「この子の故郷でもあるわけだし、僕はあの森に入ったことは一度もない。もうすぐダーシャも7才だし、あの洞窟の周りを測量して君の領地として前渡ししようと思うんだ。」
ブフーーーー!! 思わず口に含んだ料理を噴出した。
「もう、ダーシャ!お行儀が悪いですよ。」
これにはさすがの母も注意をした。
「そしてあなたも、いきなりすぎますよ。」
「いや、ナターシャ。そんな急な話でもないんだよ。」
妻の言葉をすんなりかわし続けた。
「ダーシャの祖父、僕の父なわけだが、アルカージエヴィチ前領主からも7歳の誕生日の時に領地の前渡しがあったんだよ。僕はダーシャ程活動的じゃなかったから、森じゃなくて川沿いの小さな土地だったけどね。」
バディを撫でながら遠い昔を思い出す。
「7才の誕生日に領地の前渡しは、うちの代々の習わしなんだよ。月が降ってから100年頃かな、今から約300年前の話なんだけど、ボリス領が皇帝の反感を買ってお取りつぶしになったことがあったんだ。たまたまその直前、7才になったグリエフ子爵が領地の前渡しをされていて、何とかボリス領主の首だけでお家断絶を免れたんだ。それ以来、我がグリエフ家は7才の誕生日に領地の一部を前渡しして、いざって時の保険にしているんだよ。」
夫の突然の発言が思いつきでないことを理解した。
「そういうことでしたら、やっぱりあの森の側がいいですね。森だけじゃなくて、水場も必要ですから、近所の湖と川も領地に入れましょう。いざって時の為に、領民が居ないと困るから、近所の村も2~3か所適当に見つくろいましょう。
正当な理由があるのなら容赦する必要はない。ダーシャの為というか、バディの為というか、いざという時に備えてかなりの前渡しを提案する。」
「おいおい、そんなに渡してもダーシャはまだ税収管理できないよ。」
多少ひきつった笑みを浮かべながら、妻の暴走にブレーキをかけた。
「いえ、何かあったらバディちゃんは洞窟暮らしに逆戻りするのよ。それならダーシャにちゃんと領地を渡しておいて、私も一緒にそこで困らない暮らしができるようにしておかなきゃ。」
ダーシャやバディの為ではなく自分の為だった・・・。
「いや、まぁ・・・うん。」
こうなった妻には何を言っても無駄だ。それにいずれは息子に領地管理を任せるのであれば、あらかじめ多めに渡しても何も変わらないだろう。諦めを混ぜつつ、そう決断したのであった。
「セルゲイ、書類を用意しておいてくれ。」
傍らにずっと控えていた執事にいいつけ、バディのお腹を撫でる領主であった。




