118 食事格差
マーシャに言われたとおり食堂に行くと、俺の分の食事が用意されていた。もう1組テーブルの上に用意されているから、まだ誰か食べていないのだろう。俺の予想だと父上だ。今朝のメニューはライ麦パンとしか肉と豆のトマトスープだ。相棒にあった肉はテーブルの上に用意されていないようだ。朝からあの塊は無理だけど、炭鉱時代は肉が出ると豪華な食事ってイメージがあったから非常にうらやましく感じる。
我が家の食卓に存在する格差社会に想いをはせながら、パンをちぎってスープに漬けながら食べる。保温の刻印が刻まれた皿に注がれたスープは程よい温度で、寝起きの胃に優しい味がした。
1人でもくもくと食べていると父上が食堂に入ってきた。
「父上、おはようございます。」
「うん、ダーシャ、おはよう。」
やはり食べてなかったのは父上のようだ。寝癖が付いた頭をボリボリ掻きながら、大きな口をあけてあくびをしている。なんだかんだいって忙しい人なので、昨夜も遅くまで執務に追われていたのだろう。
父上が席に着くと、コックがボイルドエッグとローストビーフを持ってきた。
「おや、坊ちゃん。起きてらっしゃったんですね。今、坊ちゃんの分も持ってきますよ。」
よかった! 我が家の食卓に格差社会とかなかったんだ!!
朝から肉を食べれる喜びをかみ締め、コックが持ってきてくれるのを待った。父上に給仕するとすぐにキッチンに戻り、俺の分を持ってきてくれた。ボイルドエッグ用に、専用のドミグラスソースまで持ってきてくれた。
我が家ではボイルドエッグにつけるものがそれぞれ違う。父上はシンプルに塩。母上はマヨネーズ。そして俺はドミグラスソースだ。このソースはもちろんコックの特製で、これがあれば、パンを何個でも食べれる代物だ。
「そうだ、ダーシャ。今日の昼に紹介したい人が来るから、昼ごはんを食べたら応接室に来てくれ。」
卵の殻を剥いていると、そう告げられた。
「はい。判りました。どんな方ですか。」
しかし父上の反応はそこで途切れた。椅子に背中を預け寝てしまった。昔から朝に弱く、よくこうして朝食の最中に眠っていた。相変わらずの姿をみて少し安心してしまった。過ぎ去った5年間は結構俺の心に爪あとを残しているのかもしれないな。
さて、何処の誰かわからないが、父上が紹介すると言うからには何か目的が有るのだろう。朝食を食べ終わると、執事に父上の状態を伝え、改めて親方達の工房へ向かって家を飛び出した。




