106 枢機卿の名の下に
出された料理を残さず食べつくし、アルコールも回ってかなり気分が良い。こんなにほのぼのとした時間を過ごすのも無事に帰ってこれたからだ。
「さて、そろそろいいかな。」
そう言うと、父上は俺の手を引き、テラスに連れ出した。テラスに出た瞬間、今まで静かだった室内とは裏腹に、庭園で人が大騒ぎしていた。
「ほら、見てごらん。みんな君の帰還を祝福しているよ。まぁ、何のパーティーかはまだ教えてないんだけどね。」
相変わらず子供のような笑みをこぼす。庭園のいたる所にかがり火を炊いて、大人が8人は座れるサイズの丸テーブルにはさっきまで俺が食べていた物と同じ料理が所狭しと並べられている。もっとも、皿の中身はもう3割も残っていない。
「ダーシャが気づかないように、ずっと隔離魔術を使うのは骨が折れたけど、その笑顔が見れたなら良かった。」
相変わらず悪戯好きな父は、こんな所でも俺を驚かせてくれる。
「父上。ありがとうございます。」
「いいよいいよ。」
頭を下げる俺を手で制すと、眼下の領民を眺めている。
「さて、そろそろ種明かしをしようかね。」
しばらくして、ようやく父はみんなに声をかけた。
「やぁ、みんな。パーティーは楽しんでるかい?」
「おーーーーー!」
ベランダに居る父上を見つけたのだろう。普段からノリの良い領民はアルコールが入ってますます陽気になり、父上の問いかけに大声で応えた。
「今日は何のパーティーか言わなかったけど、ココまで気にせず騒いでもらえて何よりだ。」
「おーーーーー!」
父上が喋り終わると同時に、大声で返事が返ってくる。
「ではココで、今日のパーティーの主役を紹介しよう。みんな、準備はいいか!?」
「おーーーーーーーーーー!!!!」
ここ一番の歓声を浴びて、父は僕をベランダの前に押し進めた。
「なんと今日は、僕らの次期領主が冤罪事件を払拭して帰ってきたんだ!」
さっきまでの喧騒がうその様に、歓声がぴたりと止んだ。
「ほら、ダーシャ。君も挨拶しなさい。」
父に促されるままに、音が止んだ庭園に向かって叫ぶ。
「ダーリヤ・ダニイル・グリエフです。5年間色々あったけど、無事帰ってきました!」
領民は静かに俺の顔を見つめている。
「今回の冤罪については、教会も認めている。ほら、そこに居る枢機卿が証人だ。」
そんな領民を諭すように、父はいつの間にか横にいた枢機卿を紹介する。みんなの視線を集めたまま枢機卿が静かに口を開く。
「この度は、私達教会の調査が甘く、こちらにいらっしゃるダーリヤ・ダニイル・グリエフ様にあってはならない冤罪を被せてしまった事を心よりお詫び申し上げます。そして私レンツォ・ジル・ソルヴィーノの名の下に、彼が無罪であったとこれから先世界に謝罪していくことをお約束します。」
「おーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」
静寂の空間が一変した。男達は盛大に大声を上げ、女達は拍手で迎え入れてくれた。父の魔術でベランダから飛び降りると、みんなが集まって口々に「お帰り」と言ってくれた。その中には、あの時お世話になった親方達も居た。
「鍛冶屋の親父さん、木工屋の親方さん。貴方達が作ってくれたツルハシのおかげで、体も壊さず帰って来れました。本当にありがとうございます」
「馬鹿やろう。俺達を守って1人だけかっこいい事しやがって。俺達にできることはそのくらいしか無いじゃねぇかよ。」
「そうだぞ。こんチクショウ。今日はとことん飲ませるから覚悟しろよ。」
2人は笑顔で悪態を付いて、俺の頭をわしわしと撫でる。出されたコップにナミナミ注がれたウォッカを飲まされ、本当に帰ってきたんだと実感した夜になった。




