105 ジラーノフのコース料理
前菜にはサラートオリヴィエとセリャンカがでてきた。
サラートオリヴィエは蒸した鶏肉が野菜と喧嘩しないようにゆで卵と混ぜられ、コック特製のマヨネーズで味付けされている。このマヨネーズレシピは遠方から来た様々な貴族にレシピを教えて欲しいと頼まれているが、けっして首を縦に振らない特製マヨネーズだ。
またセリャンカは蓋を開けるとセージの香りが鼻腔をくすぐる。よく茹でられた野菜とタラの白身から生まれるスープは湯上りに冷えた体を芯から温めてくれる。
夢中で食べ終わると次の料理が用意された。そもそも我が家のコース料理は、帝政ロシア時代の外交官のアレクサンドル・クラーキンが温かい料理を徐々に出して行くロシア式サービスをそのまま引き継いでいる。ゆえに、暖かいものを一番美味しいタイミングで食べることができる。
目の前に置かれたコトレータ《カツレツ》とフォルシュマーク《魚と野菜のパイ》をチェブレキ《ミートパイ》と交互ににかぶりついた。
さくさくと揚がったコトレータ《カツレツ》で舌を火傷しそうになると、慌ててキセリで口の中を冷やした。
小出しにされるため、胃が活性化してさらにお腹がすいてきた。美味しいものを食べながらお腹がすくので、いくらでも食べることができる。もっともそんな出し方をされなくても、この5年間食べ続けた炭鉱料理と比べると全てが美味しいため鍋からでも直接食べそうだ。
口休めのソルベを食べると、いよいよメイン料理が運ばれてきた。
メイン料理は、先日執事達が狩ったヘラジカの燻製だ。燻してから丁度1週間経っているらしく丁度食べ頃になってきている。最近の空気が冷え乾燥していることから脱水状態も程よく進み、肉が飴色に光っていた。塩と一緒にすり込まれたハーブの香りが鼻を駆け抜ける。隠し味はウイスキーだろうか? 父上達はこの肉だけでウォッカを2本空けている。
ガルニの甘く煮たかれた野菜を食べ、食後のデザートが運ばれるのを待つ。テーブルを見渡せば、出席者全員が至福の笑顔をしていた。コックの料理はやはり美味しいんだと自分の手柄のように嬉しくなった。
そんな俺の顔を見て、母上はくすくすと笑い声を漏らしている。
食後に出てきたプリャーニク《焼き菓子》は蜂蜜とベリージャムがすばらしい甘味と香りのハーモニーを口の中で奏でてくれた。
炭鉱で働いている間は、決して満たされたことの無かった空腹が満たされた。元髭もじゃ風に言うのであれば、『我が家のおふくろの味だ』だ。これを食べると家に帰ってきたんだと、改めて実感できた。




