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第4話 小さなベッドの大きな戦い




 いつもどおりの食卓。

 にぎやかな食事の席で、あたしだけ上の空。


 ひとりだけ、ぽつんと影を落としているみたいな気分だ。

 なんで、あたしが悩まなくちゃいけないの。


「勉強してくる」


 早々に食事を済ませ、いちばんに席を立って二階に上がる。

 勉強しなければならないのは本当だけど、これではきっと身が入らないだろう。


 部屋に戻って、電気のスイッチを入れた。

 一瞬にして部屋は明るさを取り戻したのに、あたしは影を背負ったままだ。

 ベッドに腰を下ろして、そのまま横になった。

 制服がしわになってしまおうとも、もうそんなのはどうでもよかった。


「はあ」


 ため息が蛍光灯に当たって消える。

 なんなの、イライラする。

 あたしらしくない。


 トモダチと遊んだっていい。

 そもそも泰斗はあたしのものじゃないんだし、一日中べったりされていても迷惑なだけだ。


(だけど、なんでこんなに帰りが遅いのよ。しかもウソついたっぽいし)


 母のいう通り、こんなあたしに愛想をつかしてもおかしくはない。

 なぐったり、怒ったり、ちっとも可愛くないし、あたしを好きでいる理由どこにも見当たらない。


(だけど、なんでこんなに胸がくるしいの)


 ずっと一緒になんていられない。

 ずっと好きでなんていられるわけがない。


(そんなの、わかってる)


 自分との葛藤に、ますます深みに入ってしまった気がした。

 情けない。


 横になっていた体勢を変えて仰向けになる。

 まぶしすぎる天井を見上げた、そのとき。


「ゆーいー?」


 ノックも何もなしに開かれたドア。

 あたしの悩みの原因が、立っていた。


「なっ、ノックくらいしなさいよ、バカ」


 反射的に体を起こした。

 うっかりしてしまった。

 こんな、いかにも悩んでますみたいな姿、見せるわけにはいかなかったのに。


「今日、なんかしたか?」

「はあ?」


 ドアを閉めて、勝手に部屋に入ってきたヤツは真剣な顔をしてベッドに近づいてくる。

 全部アンタのせいよ、と叫んでやりたいくらいだったけど、ぐっと堪えた。


「元気、ない。どうしたんだよ」


 泰斗が一歩一歩足を進めるたびに、鼓動が跳ね上がるのを感じた。

 この雰囲気は、なに?

 あたしが作り出してしまったのだろうか。


 しおらしい彼の態度に、少しだけ申し訳ない気持ちになる。

 もしかしたら、雰囲気に酔っているのかもしれない。


「へ、へーき。ちょっと疲れただけ」

「うそつけ」


 うわずった声が、平気じゃないことを証明してしまって、取り繕うこともできない。

 ベッドに座るあたしを覆う、彼の影。

 いつのまにか泰斗はあたしの目の前にいた。


「俺に、隠せると思うなよ」


 彼の膝が、ベッドにのって軋む音が響いた。

 この体勢がいかにまずいものなのか、気づいた時にはもう時すでに遅し。


 あたしのカラダはまたもや強制的に仰向けに。

 ただ、さっきとちがって見えたのは天井でも蛍光灯でもなく、泰斗の顔。


 真上に彼。

 顔の横に彼のてのひら。

 押さえつけられた、肩。


「ちょ、」


 ベッドにはりつけにされてしまったあたしになす術などなく。

 一瞬にして上昇した体温と破裂寸前の心臓のせいで顔が赤くなっているのは必死。


「言えよ」

「ば、ばかじゃないの!? ちょっと離してよ、何なのよアンタは!」

「前も言っただろ、あんまり俺をなめんなって。力でかなうわけないだろ」


 体を起こそうともがいても、押さえつけられた肩がいうことをきかない。

 力ではもうかなわない。


 力だけじゃなくて、もう泰斗にはかなわない。

 そんなの、分かっている。

 いわれなくたって、重々承知していた。


 くやしい。

 そう思ったら、もう止まらなかった。


「ゆ、」


 こぼれた涙に、相当驚いたのだろう。

 泰斗の目が、大きく見開かれた。

 ふいにゆるんだ腕の力に、あたしは全身全霊の力を込めてこぶしを振り上げた。


 コブシがお腹に食い込んだ感触と、上から漏れた声。

 あたしのボディーブローはあっさり決まって、体勢を崩した彼の下から何とかはいずり出ることに成功した。


「ざまあみなさい! まだまだアンタには負けないんだから」


 精一杯の捨てゼリフを吐いて、部屋を飛び出した。

 階段を駆け下りたときにこぼれてしまった涙を腕で拭えば、なぜか砂がついていた。

 細かい粒が顔に擦れて、どこかがひりひりした。





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