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第2話 彼と彼女とその関係

 

 


 あたしとヤツの関係をヒトコトで表せば。

 それはたんなる『幼なじみ』にすぎない。

 はず、だったのに。


「夫婦ゲンカはよそでやれよな」

「たいちゃん、負けんな!」


 大声ひとつで、放課後の教室がこれだけ盛り上がるのはどうしてなのか。

 さっきまで団結したのかと思うほど早く帰らせろオーラを放っていたくせに、男女関係となるとこのクラスは本当にやかましい。

 

 しかも、なぜかヤツの味方。

 クラスにあたしの味方なんてひとりもいやしない。


「おうよ! これくらいで俺がめげると思うか」


 バカのバカみたいな声が、ギャラリーを煽る。

 調子にのってこぶしを突き上げるパフォーマンスをしているヤツの、足を思いっきり踏んでやった。


 踏むだけじゃ足りなくて、そのままかかとをひねって押しつける。

 とたんに上がったオーバーな悲鳴に、ますます怒りは増大した。


「ゆ、」

「アンタが悪いの。分かってるでしょ」


 まるで犬のような彼。

 あたしが飼主ならば、現在シツケ真っ只中。

 しっぽがあるのならば、きっといまは下を向いていることだろう。


「で、何の用?」


 縮む音が聞こえるかと思うほどおとなしくなってしまった彼を見上げて、腕を組んだまま話しかける。

 小さい頃は同じくらいだった身長が、今や見る影もない。

 腕を組んで話すのは、せめて態度の大きさで対抗しようとするあたしの小さなプライドだ。


 話しかけられて再びテンションが急上昇したらしい彼は、目を光らせてこちらを見る。

 あるはずのないはずのしっぽが左右に大きく揺れているような気がした。

 

「ゆい、今日委員会だろ? 俺、先帰るから」

 

 思わず息を飲んだ。

 彼の言葉の意味が、脳内で上手く変換できずに耳から抜けてしまう。


「……え」


 反応が遅れて、それを取り繕うこともできないまま、疑問符は声となって形をなす。

 

 先に、帰る。

 いま、そう聞こえた。

 

 約束なんてしていないけれど、あたしたちは子どもの頃から一緒に帰るのがアタリマエになっていた。

 

 委員長という堅苦しい役職についてから、帰宅時間は遅くなる一方。

 なのに、忠犬ハチ公よろしく彼はいつまでもあたしを待ち続けていた。

 たまに例外はあるにせよ、あたしが委員会のときは必ず一緒に帰っていたのに。


「ごめんな」


 彼の手が、髪に触れた。

 とたんに、体内温度計がくるいだす。


 いつからだろう。

 いつから、こんな風になってしまったんだろう。


 あたしたちはただの幼なじみで、あたしは彼よりも勝っていた。

 そうでなければいけなかった。


 音を立てて跳ね返る心臓は、つくろった表情を崩してしまう。

 あたしがあたしでなくなる瞬間。

 頬が、異常な熱を発した。


「い、つまで触ってんのよ! あたしだって子どもじゃないんだし、一人で帰れるわ。それにどうせ夜に来るんでしょ」


 乾いた音をたてて、払いのけた手。

 ひどいうずきをともなって、痛む胸。


 一緒に帰れないくらいがなんだ。

 そもそも、ずっと一緒に帰っていたことがおかしいのであって、これが正常なのだから。

 

 待たれていることが、うざったいと思った日もあった。

 ケンカしたときもあった。

 こんな風に、胸が痛む理由なんてないはずだ。


 それに、彼とあたしの家はお隣で、彼はいつもあたしの家で食事をする。

 一生、会えないわけじゃないのに。


「今日はエビチリだっておかーさんがいってたから、早く帰ってこいよ」


 胸の痛みから一転。

 ヤツの吐いた言葉に思わず固まる。


「なんで、メニュー知ってるの……?」

「ゆいのおかーさんとメールしてたから。だって俺たちメル友だもん」

「ば、」


 本日二度目の大声。

 出席した委員会で、今日も大変だったねと先輩に笑われてしまった。








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