冬夜の家 2
「――冬夜……」
声を失ったことを気付かれないように早く何か言わなければと思うのに,耳に届いたのは,彼の名前を呼ぶ自分の微かな声だった.
そのとき,先にリビングの上に資料を広げて準備をしていた涼風がこちらにやってきて,そこに流れる空気の異変に気付いた.
「どうしたの……?」心配そうに二人の顔を交互に見る.
「いや,なんでもない.深月,飲み物入れるの手伝ってもらっていい?」
「え?あ,うん.わかった.」
二人の様子を気にしながら,涼風はリビングへ戻っていく.2人はキッチンへ向かった.
「掃除とか大変なんだぞ,他にもいろいろ」
そう言って笑ってみせる冬夜の言葉が,さっきの話の続きだと認識するのに少し時間がかかった.
「あーそっかー.それはそうだね.まぁ私の部屋はせまいのになぜかすぐ散らかるけど」
「片付けろよ」冬夜がつっこむ.
「いや,片付けようという意欲はあるわけですが.」
「はいはい,わかったわかった.」
お互い笑いながら軽く交わす会話は,2人は,どのように見えるのだろう.
青にむかって呆れたような笑顔を向ける冬夜.
青を笑いながらたしなめる冬夜.
テンポよい会話を続けながら,それでも手元はてきぱきと飲み物の準備を続ける冬夜.
――それでも,冬夜は「笑っていない」.
そして彼は,普段ほとんど見せることのない笑顔を無理やりひねり出している自分自身が,さっきの出来事が決して「気のせい」ではないことを証明していることに,気付いていない.
あれほど全てをそつなくこなす彼が,そんな自分に気付いていない.気付けないほど,大きな何かを背負っている.
何よりもそのことが青の心を締めつけていた.