冬夜の家
生徒総会が終わった後,いつもと同じように青たちは生徒会室に戻ってアンケート集計などの作業に取り掛かっていた.
青の目元が赤いことは誰が見ても明らかなはずだが,光貴も涼風も何も言わない.体育館の片付けのとき青の様子がおかしいことに気づいていたのかもしれない.どちらにしても,こんなときいつも通りに接してくれるこの3人が,青は好きだった.
「あー疲れた.今回はアンケートが3種類だからなー.書くほうも大変だったろうけど,まとめるのも相当時間かかるなこれ」
光貴が背もたれに思いきりもたれながら言った.「しかも集計結果の提出期限がいつもより早いときてる.」
「はい,ぶつぶつ言ってる暇があったら,ちゃっちゃとやる.」
涼風が光貴の言葉をさらっと斬る.
青からみると,涼風は光貴にやたら厳しいように感じる.仕事に関しては常に厳しいが,それ以外では涼風は青にとても優しい.そして冬夜に対する態度も,青に対するときほどではないにしろ割と穏やかだ.ところが光貴に対しては,常に厳しい印象を受ける.他との落差を考えれば冷たいと言っていいほどだ.
「相変わらずきーびしーなー涼風は」と,光貴が涼風に向かって笑う.その表情は苦笑というよりむしろ嬉しそうだった.
「でも真面目な話,これ本当に終わるか微妙だよ.残るにしても8時頃には学校追い出されるし.」
「明日の朝早く集まる?」と涼風が言ったとき,今まで黙っていた冬夜が口を開いた.
「……俺の家でやってもいいけど.」
3人の視線が冬夜に集まる.「え?」
「みんながよければ,だけど.俺の家基本的に俺一人しかいないから」
「一人暮らしなの?」と涼風が尋ねる.
「いや,親父と二人だけど,あの人仕事でほとんど家いないから.」
一瞬なんとなく気詰まりな雰囲気になったのを戻そうとするかのように,冬夜は「いや,みんながよければなんだけど」と繰り返した.
「じゃあ,お邪魔しますか」光貴が涼風と青を見る.こういうとき,彼の言葉と笑顔は止まった空気を動かす力を持っている.光貴のそんなところが,青には眩しい.
「ありがとな」
結局,7時頃まで学校でやってから冬夜の家へ行くことになった.
***
コンビニで各々パンなど夕食を調達してから,冬夜の家へ向かう.
しゃべりながら15分ほど歩いていると,冬夜の家に着き――そして冬夜を除く全員が絶句した.その家の大きさに.
豪邸という言葉は違うかもしれないが,ほとんどそれに近いのではないか.父親と二人暮らしだと言っていたが,この家は2人で暮らすにはあまりに広すぎるように思えた.ほとんど言葉を失いながら,3人は冬夜に続く.家の中も,外観どおり立派な様相だった.でも――
――生活感が全然ない
青が家に入った瞬間から感じていた違和感だった.玄関も,リビングも,部屋も,そこに人が暮らしているという感じがまるでしない.その綺麗さは,掃除が行き届いているというよりもむしろ,人の気配をまるごと消し去ってしまったようだった.どんなに綺麗にしていたって,どんなに家具の少ない家だって,人がそこに住んでいる以上,家はそれぞれの「顔」をもつ.この家には,それが全く感じられなかった.
青がそんなことを思っていると,冬夜に「どうした?」と声を掛けられた.
「ううん,こんなすごい家見たことないからびっくりしちゃって.私の家せまいアパートだからうらやましい」
そう言って冬夜に顔を向けて――青は止まった.
そのとき冬夜は,今まで見せたことのない表情をしていた.
それは,苦しさと諦めが平等に混ざったような笑顔だった.