夜の中で
読んでくださっている方々,本当にありがとうございます.
やっと冬夜の出番です(笑).
生徒総会まで1週間をきった.
普段はわりとのんびりした空気の流れる生徒会室も,キーボードを叩く音とコピー機の音が響き,ぴりっとした雰囲気になっている.
「ここの予算編成は,やっぱり多少無理がある気がするんだけど.苦情出ないかな」
会計の涼風が指摘し,光貴と冬夜が資料を見ながら案を練っている.毎度のことながら,青はなんとなく話に参加しながらも,あまりピンときていない.数字の羅列を見るだけで眠くなってしまう青には,この方面の話はさっぱりだ.
「青はどう思う?」涼風に尋ねられても,「えーっと・・・」と情けない声が出ただけで,その予算が適当かどうかなんて全くわからなかった.
「お前,ほんと数字がからむとからっきしだな」光貴が笑う.涼風も横で微笑ましげに青を見ている.
「そうなんだよねー」と机に突っ伏しながら笑顔で― ごまかす.
―そう言って笑うたび何かがあふれそうになる表情を.
―自分自身を.
そしてこんなとき,冬夜は何も言わない.青のほうを見ることもなく,何も聞こえていないかのように自分の仕事に集中している.そのことに不思議なくらいほっとして,同じくらい苦しくなる.どうしてそんな気持ちになるのか,青自身にもよくわからない.
***
予算のことは,提出した委員会と明日直接話して最終調整を行うということで決まりになり,そろそろ帰宅という流れになった.
「私はちょっとやりたいことあるから,もう少し残るね」
3人が帰る準備をするなか,青が言った.
「え,もう遅いけど大丈夫?」
「明日にまわせるなら,明日にしたほうがいいぞ」
光貴と涼風はそう言ったが,
「ありがと,でも大丈夫.すぐ終わると思うし,ぱぱっと終わらせて帰るよ」
と,青一人残ることになった.
時計の音がやたらと大きく聞こえる.
本当は暗いところに一人でいるのは苦手だったが,やはりこの仕事は今日中に済ませてしまいたかった.自分の仕事にスピードというものが完全に欠如しているということを自覚しているが,だからこそせめて,追いつけるときにできるだけ追いついて,迷惑だけは掛けないようにしたかった.やれることをやらない自分にはなりたくない.
気を抜けば後ろ向きになりそうな自分を叱りつけ,パソコンに向かう.
― 1時間後.
「おい,まだやってるのかよ」
「― !!!!!」
あまりに驚きすぎて,側にあったプリントをそこら中にぶちまけてしまった.
声も出ないくらいびっくりして,少し遅れて振り返ると,ドアのところに冬夜が立っていた.
「びっくりしたー・・・」
「びっくりしたのはこっちだよ.電気ついてたから戻ってみたらまだいるし.もう外真っ暗だぞ.なんでまだ帰ってないんだ」
「あー・・・今日中にこれやっちゃいたくて.」
散らばったプリントを拾いながら答える.
一緒にプリントを拾っていた冬夜が少し不機嫌そうな声で言った.
「・・・これ,明日みんなでやればいいって言ってた分だろ」
「・・・うん.でも明日みんなは予算の話し合いあるでしょ.私も参加はするけど,役に立たないのは わかりきってるし.この仕事だったら頭使わなくてもできるし,せめてこれくらい役に立ちたいもん.」
一瞬,冬夜は青の顔を見て,そしてまた視線をプリントに戻した.
「明日この仕事が終わってて,それみてあいつらがよかったってなるとか思ってる?」
「―・・・」
自分の顔が,はっきりと傷ついた顔になったのがわかった.
今自分が刺されているのは正論だと,自分は傷ついていい立場じゃないと,頭ではわかっているのに顔からショックを剥ぎ取れない.いつもみたいに笑えない.
「・・・帰るぞ.」
送る,とは続けなかったが,青の記憶ではたしか逆方向だった帰り道を2人は並んで歩いていた.暗闇の中で,街灯の光と押している自転車の音になんだか息がつまる.それなのに,どこかにほんの少しだけ,2人の間に流れる空気が心地良いと感じている自分もいて,そのことに青は戸惑っていた.
気付けば,青の家の前に来ていた.
「あ,私の家ここだから・・・」
「そうか.じゃあ」
「あ,送ってくれてありがとう.それと・・・ごめん」
「何が」
来た道を戻ろうとしていた冬夜が振り返る.
「―・・・」
うまく,言葉が出てこない.
青が必死に言葉を探していると,冬夜は青の顔を見ずにどこか違うところへ目を向けながら,言った.
「お前さ,住む世界が違うとか,そういうの・・・やめろ」
― 今度こそ,本当に言葉を失った.
気づいていたのか.冬夜の耳には届いていないと思っていた.いや,違う.きっと私は「届かないようにしていた」.
せめて,ただの僻みと流されていれば私は救われたのか.
気づかれたくなくて,でも気づいてほしいと思っていた自分に気づき,青は打ちのめされていた.