遠い君の背中
「青.― おい,青」
「― へ?」
「へ?,じゃないよ.どうしたんだよ,ぼーっとして.」
「あ,ごめん.何?」
冬夜の後ろ姿を眺めていて,どうやら光貴の声に気づかずにいたらしい.声に振り向くと,横に光貴が立っている.
「なんだよ,冬夜に見とれてたわけ?」
青をからかいつつ,表情は若干すねている.こういうときの表情も,光貴が人から好かれる理由の一つだ.
「これさ,再来週の生徒総会で使う資料なんだけど,一通りチェックした後コピーお願いできる?」
「了解.ちなみに一応訂正しとくと,見とれてたわけじゃない.」
「そう?そのわりには,じーっと見つめてたけどな.」
光貴はそう言ってまだにやにやしていたが,本当にそんなんじゃない.
「そうじゃないってば.ただ,やっぱり世界が違うなって」
青は,仕事に集中していて全くこちらに気づかない冬夜を眺めながら言った.
「え?」
「なんか・・・違う星に生まれたみたいな・・・」
ここで光貴が吹いた.
「何いってんだよ,お前.冬夜も,お前も,俺も,涼風も,みーんなこの地球に生まれたんだって.」
「だって,なんかもうまとってるオーラが違うよ.もちろん,光貴も涼風も.」
ふとした瞬間にこういうことを考えてしまうのは,いつものことだ.それはもう憧れも僻みも通り越して,“傍観”というのが一番近い言葉かもしれない.
青は他の3人のことを,文字通り“別世界の人”として認識している.
光貴は苦笑しながら「ネガティブになる頻度が高すぎんのがお前の弱点だな.」と青の肩をぽんと叩いた.「お前がそうやって『私とあなた達は違う』って雰囲気出すとき,こっちは逆にすんごい壁感じるよ.ま,それがちょっと寂しかったり.」
じゃ,資料よろしくな―,そういって光貴は自分の席に戻った.
光貴は優しい.他人から見ればネガティブで僻みにしか聞こえない(本人にはそのつもりがなくても,だ)言葉も,ああやってやんわり方向修正してくれる.意識したことはないけれど,おそらく光貴のおかげで浮上したことが何度もあった.冗談に包んではいても,指摘するところは指摘し,それでいて相手を傷つけない言葉を選べるのは,光貴のすごさだ.
「そのすごさも,たまに残酷なんだけどね」と,ため息をつきそうになるのを慌てて飲み込み,青は資料に目を通す.
― でも,一番遠いのはきっと・・・―
青は冬夜の後ろ姿を見つめた.