6,iinkainohi (後)
放課後、生徒たちは各々の委員会ごとに異なる教室で、その会の説明と、委員長などの役職を決めることになっていた。
風紀委員会の集まったのはパソコン室。
学年と組単位で席が決まっていて、パソコンのディスプレイを見ながら、色々とレクチャーされた。
隣にいる相戸夕は背筋をぴんと伸ばし、背もたれを使うことなく、画面を凝視していた。とても真面目な印象を受けるが、委員長、副委員長、書記、などの雑用は華麗にスルーしていた。
次の日。新入生と在学生のための集会があった。
説明が終わって実際に活動した感想、この委員会は謎である。
主な活動は生徒一同の集会などがある時。風紀委員会の面々が校舎の至る所で生徒達が集会をサボってその辺をうろうろしていないかを見張る。と言う事が役目なのだ。
原則、同じクラスの者が二人一組となって廊下と階段を含めたワンフロアを見回るのだが、結果的には二人で、ほぼ二人きりで、男女が、若い異性同士が話をするのだ。
だから、風紀委員の面々は集会に参加しない、やることがないので会話をしたり、そのフロアをうろつく、携帯で遊んだり、本を読んだり好き勝手にしているのだ。
だから、実質、集会に集まらずに校舎を徘徊している生徒は皆、風紀委員会なのだ。
本末転倒。
そもそも、本校の生徒は基本的に真面目なタイプが多い、どんなにチャラチャラしている生徒でも、一年生の夏が終わる頃には、すでに大学受験のために少しずつ自学自習をする者が大半だし、それを知っている教師たちも、集会は手短に済ませ、勉強や部活に割ける時間を多めに取れるようにしている。
自由な校風なのだ、故に責任は自分で取るしか無いと考える生徒。いい循環だと思う。
話を戻そう、徘徊している風紀委員の話だ。
当然、このような事情により意図せず互いの関係が進展する事がままある。
そう本校風紀委員会ではこの様な矛盾を孕んでいるのだ、風紀委員の風紀はあまりよろしくはない、主客転倒な感想を誰もが持っている。しかしそれが良い。
各階に生徒がいても、このフロアに二人しかいないとなると、真夜中の駅構内に独り置き去りにされたような奇妙な高揚を思わせた。
黙って、階段に座りながら頬杖をつく相戸夕。
長くて黒い髪を後ろから眺めながら、ずっとこのまま話さないままではあまりにも気まずい、 僕もそれとなく人一人分の間隔をあけて彼女の隣に座った。
目の端に相戸夕をとらえながら、目の前にある踊り場の大きな窓を見て、そして首を横に動かした。
すると、相戸夕は立ち上がり、階段を降りた。
目を合わせることもなく、まるで傍らに人が居ないかの如く、何気なく階段を下る。
Why? いったい僕が何をしたというのだ。
……いや、違う。僕は知っていた。人間どんなに当たり障りなく、大勢に好かれるような明るく爽やかなキャラクターであったとしても、いや、むしろ逆に誰の関心も引かないような薄い、希薄な影の様な人間であっても、万人に嫌われないという事はない事を知っていた。万人に好かれることは無くとも、嫌われないことはないのだから。
きっと、誰か一人ぐらいは君のことをどう仕様も無いぐらいに忌諱している。
人間は人間がどう仕様も無いぐらいに嫌悪し憎悪し厭忌することを根本的に本能に刻み込まれている、という事を僕は知っているはずだった。
人間であれば、何もせずに好かれることは絶対にない。
第一印象、つまり見た目。「ああ、この人、かっこいいな」とか「綺麗な人だな」と思っても、心は次第に動き始める。
近づくことがなく、相手をそれ以上知ろうとしなければ、心のどこかで、それでも性格は……とか、何を抱えているのかわからないしな……とか、あいつだけ、と嫉妬や僻みといった心は時と共に自然に湧いてくる。
好かれることは信頼されることと同様に難しい。
万人受けする人間でも八方美人な奴め、と心は動く。
分かり合いたくない。
何よりも、人は自分を知るが故に他人を信じない。他人を信じないから疑い、それらが全て自身に還り心を摩耗させる。
それでも、それだからこそ……と声を張り上げた者を僕は知っている、その者の結末も知っていた。
そんな考えが頭を過り。まあ仕方ない、と僕は彼女との人間関係を諦めた。
とは言っても、実際に無視されるとあっちに行けと言われるよりも精神的に負荷がかかるんだな、とどこか他人ごとのように逃避する僕。
黙って離れる相戸夕。
しかし、ここからが意外だった。
階段を三つ降りて振り向く相戸夕。ちょうどこの時、僕と彼女の目線が同じ位置に来た。僕の目を見る相戸夕。真っ黒い大きな瞳の力が強くて、圧されている感じがする。
僕も躍起になっているのか、その瞳から目を逸らせないでいた。
「好きです、大好きです。私と付き合ってください」
……? ……? …………?
思いもやらない音を聞いた。
「……やっぱり、だめですよね、すいません。あまりにも唐突ですよね……まだお互い、顔と名前しか知らないのに……」
そういって悲しそうに目を伏せると、僕に背を向け相戸夕はそのまま、階段を下っていった。
「え、ちょっちょちょ待って」
噛んだ。相戸夕との初めての会話を噛んだ。正直、自分でもどうかと思う。
ここで、くすくすと忍び笑い。隠しているつもりだろうが、肩が震えているため笑っている事は背中越しに動揺している僕にまる分かりだった。
再び彼女はふわりとその長い髪を宙に舞わせて、振り返る、その顔は笑っていて、さっきよりも低いところにいるから、僕を見上げてる形になる。
僕を見上げるその目は、どことなく見下している印象を僕に与えた。
「あなたって、可愛いところがあるのね」
「え?」
「あたなって、可愛いところがあるのねっていったのよ」
「あ、ああ? どういう意味?」
うまく文意を汲み取れない僕。同時に少しずつ頭の整理をする。
「だって、あなた、この学年で一番できる生徒でしょ。満点以外とったことが無いんじゃないの?」
「そんなことはない、ぼくだって、ミスぐらいあるさ。それに……」
そんなモノに意味なんて無い。
「そんな、人だから、きっとすごく固くて真面目、理路整然としているのかなって勝手に想像していたの。だから、白状すると……からかってみたかったのよ」
階段を登り、僕と同じ段に立ち、手を腰に当て、胸を張りななら彼女は言った。
「ほら、私って美人でしょ」
と、したり顔。
「ああ、……うん」
なんだか、どうでもよくなってきた。このセリフだけは考えが及ばなかったな……凄い自信家の女性もいるんだな。
「あのさ、男の僕から言うのもアレなんだけれど、その姿勢だとパンツが見えそうだから、座ったほうがいいよ」
相戸は口をへの字に曲げ眉をハの字に歪め、ため息混じりにスカートを抑えながら僕の隣りに座った。
「同じ水の中に入るにしても、プールとお風呂じゃ意味合いが違うわよね」
「え、何?」
「ねえ滋野君、私と週末プールに行かない?」
多少の戸惑いはあるものの、返答をした。
「……えーと、ああ良いよ、その日は予定が無いから、海東とかも読んで皆で行こうか、どうせアイツ暇だろうし」
「その後一緒にお風呂に入りましょう」
!
自分でもわかる。きっと顔は赤くなっているだろうと。
けれどもそれは羞恥とかその類の何かを感じたから、と言うのとは違った。全く予想できないことに対しての怖れからくる鼓動の跳躍とも言える嫌な汗をかかせるような皮膚の赤であったと分かった。
「嘘よ、それにしてもどうしてそんなに赤くなるのかしらね、いやらしいことでも考えていたの?」
「……おまえ、僕に何を言わせたいんだ」
「あら、別に、石鹸はいやらしくは無いじゃない」
「え? 僕石鹸なんて言っ…………あ、ソープって言わせたかったのか! このやりとりでその流れはおかしいだろ」
「あら、結構知ってるものなのね、意外だわ。そして口調が変わったわ。もっと言うと、そんなに親しくもない男からオマエ扱いされるのは、それはとても気分を害したわ」
「ごめん」
相戸夕は中指を一本立てて、僕の頬を押した。その時、彼女の爪が食い込む程押してきたので言うまでもなく、痛かった。
そして一言。
「嘘よ」
彼女は笑った。
そして、集会が終わったのか、廊下に生徒たちの雑踏が聞こえ始めた。
僕は頬を摩った。
まだまだ続きます。
そして本気でขอบคุณ ครับ/ค่ะ