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それでは、滋野新剛。
そして、最愛の頃。
滋野新剛は有名進学校に通う十七歳の男性である。品行方正を絵に描いたような風体と爽やかな雰囲気は初対面の相手の緊張感を解き、男女分け隔てなく話しかけやすい人物像を形成いた。
優等生の中では飛びぬけて頭が良く、勘も鋭い。絶句するほど……。
自分でも分かっていた皆とはそれほどまでには違わないと。
だから気づかれないように、止めを刺した。
自分自身に止めを刺した。
自身でも気付かないように止めを――刺した。
終止符を打った、生かした。
愛されるようにとの願いの下で。
だから、高校生である彼は、周りから見れば、無難にトップの成績をとる、学年に一人位はいるであろう、ただの優秀な学生であった。
彼は知っていたのだ、いや、より正確に表現するのならば、気づいたのだ。
少なくとも、一度は祝福を受けていたのだと。
それが確信に変わったのは今から数日前の、高校生となってからは二度目の四月の終わろうとする頃であった。
そう、今の滋野新剛は高校の二年生である。
今では、今の滋野新剛は高校にも、新しい教室にも慣れた。そんな日の登校である。
だから、今の滋野新剛は周囲に同じ制服を着た男子生徒と、同じ様な特色の制服を着た女子生徒がいる。その中の女子生徒が一人彼に話しかけてきた。
「おはよう」
声が聞こえた。
季節は春。早朝の空気はどこか慌ただしく、適度で心地よい緊張を孕んでいた。
僕、つまり滋野新剛にとってはすでに一年と数週間を過ごした学び舎であっても、ここ数日の出来事は短い春休みのそれよりも、日々の学校生活気分を力強くリセットさせる効用がある様な感じがした。
多くの学生たちが当然のように、時同じくして学び舎を目指す。穏やかに続く坂道を歩いて行く風景を見ながら、見合いながら。
それは僕も漏れなく例外ではない。
「おはよう」
僕は返事をした。
僕に挨拶をした相戸夕は長くて黒い髪を風になびかせた。
髪に当たった日光が、力強い光を反射してキラキラと僕の眼の中に彼女の映像を焼き付けていった。
温かくも少し肌寒い空気の中で、僕は、ぼんやりと……彼女の事を思い出していた。
人を好きになる事は無かった。
隣を歩く彼女は挨拶を一度したきり、これで話す事は無いとでもいったようになにも居ずに僕の右隣りを歩いていた。
いつも心は誰にも動かされる事は無かった……。
ふと、強い風が生徒達を割って駆け抜け、ある女子生徒のスカートを勢いよく捲った。
衆目に露わになるは、つまらなく言えばただの布。しかし、年頃の学生にとっては、その事実よりも少し重みのある装飾品である。
パンツ。
そして、その女子生徒はスカートを押さえ――る。
が、当事者である女性はそれを気にすることもなく、隣の友人と話しながら歩き続けた。
活気がそこには広がっていた。
カツカツ、ずりずり、という足音が当たりに鳴り響いている。生徒一人一人の布のこすれる音は際立たない、桜の花はすっかり見ごろを終えて、若草がいっぱいに光を浴びていた。
周りの雰囲気にのまれ、春風とともに木々がその葉を揺らす。
僕の三メートル前にいる男子生徒の鞄が彼の手から離れ、大きな音があたりに走った。そして男がゆっくりと地面に吸い寄せられる様に屈み鞄をとろうとする。
僕はその光景を目の端で捉えようともしない。
僕は目を向けない。
僕には興味がない、関心の対象とならない。
直截的に言って、近くにいる者たちを同じ人間と感じられない、それ位に特別な存在……。
相戸夕。
今日も彼女は僕と学校に向かう、何も話さないけれどもそれでも近くにいるだけで良いものだった。
僕は彼女の横顔を見る。
まっ白い肌、まっ黒な瞳と髪。
視線に気づいたのか彼女は前を向いて澄ましたまま、目だけを動かして僕を見た。
近くに誰かがいつも居てくれる環境に僕はあった。
話した事の無い生徒。
今まで認識しなかった生徒。
初めて見る生徒。
知ってる人、知らない人。
皆、同じだった。
僕には多くの昔がある。
全ての過去の結果だけが残った。
愛している。
相戸夕。
僕は話しかける。
「なあ、相戸、今度のゴールデンウィークにデートしないか?」
不意に彼女は視線を切って僕の横から早足で前にいった。
「おい、どうしたんだ?」
内心、何か不味い事を言ってしまったのだろうか、と肝を冷やした。が、どうという事は無い。
早足で彼女を追いかけて、その横顔を見たら彼女には失礼だろうが笑いそうになった。
彼女は顔を耳まで真っ赤に染めて、口を無理にへの字に曲げていた。
あまりにも肌が白いものだから、一層その赤を際立たせていた。
彼女が夕日の時に話しかけてくる理由が分かった様な気がした。
彼女の歩くペースが落ちてまた僕たちは肩を並べて登校する事になった。
もうすぐに校舎に入る事になる。
四月ももう終わるだろう、これから熱い熱い時期になるだろう。
季節は春、僕と彼女は今日も同じ教室で学び、笑い、悩み、そして放課後になる頃になると二人で夕日を見ながら取り留めのない話をするだろう。
それが、たまらなく楽しみで仕方がない。
僕は階段を登る。
じゃあの