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せっかくだから眠るを使うぜ

みいいみいい

距離にして再び数メートル先、件の男。

 男の眼がこちらを見ている。その瞳は全ての光を反射しない。闇にその身を喰われた男。

「素手でやるのか? 斧を出せ、使ってみれば分かる」

 男は闇の中で手を組んで壁に背を預けている。

「大丈夫そのぐらいのハンデはくれてやる」

 剛は本来見るべき相手を見れずに隣にいる少女を見ている。

 彼女の細い指が砕けて壁に溶け込んでいる、左足首から下にあったモノが赤い水たまりの中に落ちている。頭は前に力無く垂れ下がり、血を吸っていつもより重たげな髪の毛が顔を隠すものだから、彼女の表情は窺えない。

 格上の相手、手の内も分からぬまま相方を失った。右手も右目も失ったこれから全てを失うだろう……やるしかない。

 滋野新剛の最後の望みは一つだけ、彼女が死ぬ前に、死にませんように、彼女が一人で逝きませんように。

 剛の呟きは固い決心の表れだった。

「もう少しだけ……」

 その斧は墓標のように現れた。悠然と斧が静かに主人を待っている。

 左手でしか扱えぬ斧。

 その斧は怒りも悲しみの心も剛の全てを吸収していった。

 剛はゆっくりと手を差し出す。

「貸してくれ、力を……勇気を!」

 目を見開き、右人差し指を相手に向け、柄を掴んだ。

「一分だ、それでカタをつける!!」

 男の目は刺すように鋭い。

「僕は運命だと信じている貴方は僕の乗り越えるべき“出会い”だと確信している。僕今運命を乗り越えるために戦う、勝つんだ。そうだった……彼女との出会いは運命なのだから」

「いい顔になった、『覚悟』を決めた男の顔だ」

 そして続けて言った一言。その一言は独り言だったのでこの声が剛の耳には届かない。

「ならば、きっと彼は力を貸してくれるだろう」

 男は呟いた。


 剛が初めてその斧を使った時の事。辺りの景色は全て自身を含め、遅くなる。

そして新しい視点を持った。圧倒的な第三者の視点と言うのだろうか、剛は自身の視点と、周囲を俯瞰する様な視点を同時に共有していた。

 故に多数が相手であった時、本来は死角からの攻撃であっても、よく見えた。

そして不意打ちが、かする事さえも無かった。

 また、相手のフェイントや目新しい行動が丸分かりとなり、虚を突かれる事も減少し、同時に反撃もしやすかった。

 

 しかし今回は違った。滋野新剛の俯瞰風景に男が映らない。数メートル先にいるはずの男の姿が無い。あるのは自分と血まみれの天使だけであった。

 が、目の前には男がいる。さっそく剛は見えるが故に、虚を突かれる。

「一体、何なんだ」と、剛。

 男が天使から離れゆっくりと歩き出す。

「『彼女』のものに間違いない」と、件の男。

 普段なら聞こえない様な些細な他人の声が耳に入る。

 件の男は右、左、右、左と交互にその足を前に出しそれに合わせて手を振る。ゆっくりと歩き出す、何も持たず、ただちょっとそこら辺の店に出歩く様に、それでいて姿勢よく……歩いている。

 一見、隙が無いわけではない。しかし本当にこの男は戦っているのか? と剛は疑問を持つ。 無論さっきまでいた緑の天使は血祭りにあげられているが、そう言った殺伐としたピアノ線の様な緊張感が無い。端的に言うと男の仕草が間の抜けた様に映る。

 姿を現したまま剛に近づく男。

 斧の間合いに入る少し前に剛は斧を振り下ろす。

 男の歩みは変わらず肩口から一直線に男が切断される。…………嘘を見た。あまりにも変化も抑揚も無い動きに脳がそう錯覚させた。

 然し事実、そこには何もない。男は消えたのだ。

 切ったから消えたのだろうか、消えるべくして消えてしまった男の足取りを掴む術を準備する。

 剛の眼には何も映らない、ただの学校の廊下と磔の女、そして自分自身しかそこにはいなかった。

「ん? いや、違う」

 と、滋野新剛。

 斧を己が左に突き立てる。そして、両手を顔の前で合わせる。

「門!」

 光る。

 一瞬の閃光の中に大きな男が獅子の子供を抱えている映像を剛は見た。

 唱えると剛を中心に、周囲余すところなく襖の結界が囲い、『外』と『内』に分かれる。

 その結界には剛の知らない嘗て人々が生み出した直線を主とした文字が浮かび上がり、一定の間隔を保ったまま周囲を回転している。

 すると、今まで消えていた男の姿があらわになった。

「そんな事も出来るのか。器用なものだな」

「逃げ場など! 無いぃ」

 すぐさま剛は左手にある、斧を男に向けて投げつける。

 音速を遥かに超える速度で放たれたはずの斧をいとも容易く、男は前のめりになって避けている。

「危ないなあ、当たったら死んじゃうじゃないか、どうしてそこまでして殺そうとするのかが……まあ分からなくもないか、分からなくもないか。つまり彼女は君にとって何なのかな?」

 男は天使のいた方を指さし、言った。

その人を喰った様なもの言いは気持ち怖いな、と剛は感じた。

 剛は自分でも怖いくらいに冷静だった。

「針」

 先刻彼方に消えた斧が針状になって剛の左手に収まる。

 然しながら、本来の質量の半分は細く研磨された形状のまま剛の背中、放射状に円をなして滞在している。

「まだ頭に血が上っているのかな、後で答えを見てみよう」

 男の張り付いた能面の様な笑顔は、攻め続ける剛の戦意を徐々に腐らせるかの如く脳裏にこびりつく。

 小癪な! と剛は業腹を立てるや否や、剛の背に在る針の円はその身の左右半分を残して、飛散し男目がけて失政に飛び立った。

 また左右に残る半分は剛の背中を守る鎧の役目を果たすために一定の間隔で揺らいでいて、これから羽ばたこうとする蝶のようだった。

 飛散した針は人間の最も避けにくいとされている腹部に向かうものと、足に向かうものの二手に分かれて、対象の男を取り囲む。

「お前をオトス」

 上下左右前後に散布された殺意を具現化した様な殺すための針。それが今役目を全うするために無音のまま弾け飛んだ。

 しかし、この男は何なのだろうか? さっきから攻撃をするでもなくただ単に此方の攻撃を回避するだけで、攻撃と言った行動を一切取っていない。

 嗤うそれだけだ。

 その笑みは、周囲を包囲されている今も、結界内に閉じ込められた今も、出会う前と変わらない雰囲気でそこに立っていた。

 剛が心で行け! と念じるとそれらは一斉に狙い澄ました所に空を走った。

「それらは届く事は無いだろう」

 男は嗤うことなく言った、いや、そもそも嗤ってなどいなかったのだろう。剛はそう思い直した。

 一斉に空を切る針陣は腹部と脚部に近づくその手前、滋野新剛がその過程を確認できたのは一瞬でしかなかった。

彼の男のシルエットが再び消失、消えたのだった針の斧は突きささるべき空間を旋回し、剛の背に在る半円に戻り円の形をなして、剛の背中を守ることにした。

「また消えた! いや、違う、いるのならばこの中であれば……」

 そう、剛の言うとおり、この中では一切の装備が無効になる、姿を消す様なものであればそれを貫通して肉眼でとらえる事が出来るし、いかなる強靭な鎧であっても、女の柔肌よりもはるかに強度は劣る様になってしまう。

事実上の防御を無視する結界。それこそが彼の唱えた『門』であった。

 だから、信じられない事ではあったが、件の男はそう言った後付けのものの力を借りて彼がいなくなったのではない。ゆえに、剛と言う人間の動体視力と洞察力を遥かに超えての移動であると、結論づけた。

「そんな攻撃で大丈夫か?」

 背後から声がした。

「見えないのならば、見なければいい……狙えないのならば狙わなくてもいい」

 その言葉が言い終わる前に剛の背中に纏っていた針の円は霧散した。

 もう、時間が無いと滋野新剛は感じた。

(父さん、母さん。ごめん)

 微粒子。あまりにも細かく波の様に互いに干渉しあいながら周囲を霧が包む。所々では稲光の様な閃光が生まれては消えを繰り返した。

 その空間の全てを攻撃した。

 滋野新剛を含めた全てに攻撃した。

 そして。

 剛の視界が回転、暗転した。

 剛は思う、また攻撃されたのか? いや、違う血を無くし過ぎたんだろう。

「無理はしない事だ。死にはしない」

 と男は告げる。

「死んでも良いと思ったのか? それは違う。そうでなければ君の体験した春休みの死地は抜けられない」

 剛の頭の中に、あの日の記憶が蘇り、疾走する。

(ああ、暗いな)

 滋野新剛は呪文のようにぼそぼそと独り言を言った、あまりにも小さい独り言だから、それを聞くものはいない。

「切ったと言う事実は、残る。避けたと思っているかもしれない、確かにそうかもしれないが、事実は残る」

 剛はにやりと嗤った。

 そして……。

 何かが切れる音がした。

 駄目だった、ごめんよ。

 心の中で呟いた。

 力になれなくでごめん。

「最後の霧は囮か――」

(寒いな、何も感じない。血の匂いも無い)

「切ったと言う事実があれば、当たらなくとも切れるものなのか――驚嘆」

 件の男の感想を聞きつつ。剛の意識が無くなる直前に男が着ていたと思われる衣服が目に落ちたのを感じた。

 真っ二つになった布が地面に着く音を最後に剛の一切は無くなった。


^^;

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