毎日ゲームばっかりしているが、僕は神に愛されている
俺を祝福してr
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それでも日常は続いていて、制服をひとつダメにした後日の話。
相戸夕と付き合うことになって、期待に胸をふくらませながら楽しみに登校する僕の下駄箱に一通の手紙が入っていた。
おいおい、なんだよ、いくらなんでも持てすぎだろ僕。と常人であれば吐き気を催すような考えを一瞬だけ持ってから、すぐに消えて無くなった。
色気のない封筒に入っていて。一目で恋文ではないことが分かってしまう白い封筒。
その中に書かれた事が、すこしばかり問題だった。
楽しい気分も終わり。
いいことはそう長く続かないし、きっと多分悪いことだって永遠には続かない。
本日、夜。
貴高校、七階にて、お待ちしております。
天使より。
大雑把過ぎる内容と、説明の足りなさを感じずにはいられないが、最後の一文が問題だと思った。普通の人間に対してこんなことは書かない、しかしながら、僕自身は無視できない文字面であった。
天使に心当たりのある人間はそうそう居ない。全く関係ない場合もありうるがその可能性は無に等しいだろう。偶然はこの世に無いのだから。
その日僕はずっと授業が終わってから七階で待っていた。
それはそこに当然に、当たり前のように存在していた。
自然にそこに現れた。
僕は普段誰も使用しない屋上用の階段に腰掛けて待っていた。
この学校の七階は大きな廊下であった。
六階から七階に上がってくると左手にはコンクリートの無骨な壁があり、右手に広めの一本道、その道の終には非常口があり、左右には常に鍵のかかった教室、そして屋上に続く階段がある。
家庭科室や、備品などの倉庫しか無いこの七階は味気なく、屋上にも専用の鍵がなければいけないし。
だから、生徒は他の場所に比べると少ないほうだった。
けれども、特徴的なのはいつもピカピカで大きな一枚ガラスがある事だった。
冬は日光で暖かく、夏は死ぬほど暑い。
その窓から見る、高い風景から観る夕日は何時でも綺麗だった。
夕日が大きな窓に映っている、その夕日は今日を終わらせようと殆ど隠れていた。
そこから赤が大量に差し込んでいる。
座っていた階段から立ち上がり、大きな窓のそばに近づいて街の風景を見る。
少しだけ太陽に近づいた。
通りには誰もいない、大きな通りだから、いつもは車が通っているのだけれども……。
ふと、本当になんの気もなしになんとなく非常口の方に顔を向けると……。
男が一人立っていた。
光の加減で顔がよく見えないのだが体つきからして、確かに男なのである。
男に気づくと、大きな音がした気がする。
ガスバーナーが勢いよく燃える独特なゴーという音。
男はゆっくりとこちらに近づいてくる、光の具合でまだ顔の半分も見えない。
「あなたですか? 僕を呼びだしたのは」
「ああ」
肯定。
前進。
よく通るこえだった。
男は僕に向かって、さらに前進してきた。
互いの距離は七メートル程で、ここに来て初めて、男の顔が認識できた。
その顔は整っていて嫌味がない……いや、違う。
印象が無い。
中肉中背、平凡な常人、何処にでも居そうだから、特定の場所には居ない、青年。
女のような顔立ちにも見える。
異常なまでに二人の影だけが伸び、夕方の廊下には夜陰が芽生え始めていた。
考え、声から察する。
年齢は僕よりも上だろうか、落ち着いている。
相手は僕を知っている、僕は相手を知らない。そこに奇妙で快美な畏怖を感じた。
校舎は暗かった。
「だ……」
何者かを尋ねる矢先。急に話が始まった。
「返してほしい、その左手を」
その声は僕の首元をそっと通過していった。
男の澄んだ瞳が光を放つ。
男は端的に用件のみを伝えてきた。
単刀直入、無駄に会話を重ね、腹の探り合いの機会事も無く要求をのめと言う事らしい。
彼は知っている。誰にも話していない事だ。
遅れて疑問が浮上する。こいつは何だ? 春休みの時みたいに天使を追ってきた奴か、ならば彼女を守らないと。
男の不意打ちで霧散していた考えがまとまってきた。
天使、緑色の天使彼女を守る……。
彼女と僕しか知らない秘密。
終わったはずの出来事。
終止符を打ち直す。
溜まっていた生唾を飲み込んで、疑問に突き動かされる形をとって僕は問うた。
「何者?」
始めと変わらない問答の切り出し、それしか言えない。
一瞬、目の前の男が一回り程大きくなった様に視界が揺らいだ。
体がおかしい、くらくらする意識がとびそうだ。体中が暑くなり、風呂上がりの様な軽い火照りを感じた。
夕日のせいではない。
今まで出会った誰より、もこの男は特別で特殊な何かを持っている。もちろん、この僕よりも、そう直感する。
「君のその力は僕の知人のモノなんだ」
よく通る声だ。そして、なのに、その声質を忘れてしまう。
夕日が最後の力を振り絞ってこの廊下をてらしている。
「知人? 僕もこの左手は知人がくれたものなんだけれども……その知人って何者なんですか」
ふむ、と男は一呼吸置く。
「元々は地界にあった神に匹敵するどころか遥かに凌駕する人間の霊魂、と言うのだろうか、象徴や影響力の一部がその左手にはある。それを元ある場所に戻して欲しいそうでね……」
なぜだろう、事実の摘示と言うのだろうか、彼の言う事を僕は無条件で信じてしまう。彼と話していると心地よく、今は浮遊感さえ感じてしまう。ぬるま湯に浸かっている様な、ぶよぶよとした弱い飛翔。又は寝る寸前の幸福なひと時といったところか。
「帰るべき場所に返すだけだから」
その声は音と言うよりはむしろ、文字のようだった。文章を黙読する時の心の声の様に当然として、沁み込む。
体が暑い。
少しの間だけ視界が暗転した。
「どうすれば……」
何を言っているのか自分でも分からない。勝手に口が動く、目の前の人間一人の雰囲気に圧されてしまう。見た目はどうという事のない普通の人間なのに、印象がないのに……。
件の男は手の甲を下にして右手を突き出した。
「左手を出して、……大丈夫切り落とすわけじゃあない」
優しい声だった。彼が言い終えると、夕日が沈み夜がやってきた。彼の顔が再び顔が判別できなくなくなった。
「わかった」
その男には不思議な引力があった。
ゆっくりと僕の左手が上がる。
不思議なことに自分の体が第三者の様で、今の僕はその光景を俯瞰している。どう仕様も無いぐらいに、どうでもいい他人ごと。客観を通り超えてさらに関心や興味の対象にもなりえないつまらない研究を映画にしてそれを無理矢理に見せられている感覚。
無理矢理に……?
左手を差し出しながら、他の建物からしたら些か巨大な窓から空を見た、その空に月は無く。 星は弱弱しく輝きを発していた。
左手を見る、夜の始まる紫色の空は美しい。
僕は眠いようだ。
ここで僕は夢見心地を味わうのを終えた。
誰かの『助けになってやれ』という声が聞こえた気がしたけれども、そんなことはもうどうでも良かった。
決してなげやりになった訳でも、やけくそになった訳でも無いけれども。それでも自分自身の事でさえどうでもいいと思ってしまえるぐらいに執着しない自分の心は本当に気分が楽で…………しかし、それも、どうでも良かった。
夜が来れば人は眠りに就くのだから。
だから、僕は眠いのだ。
オファーがキました




