14、それから
009
砕けたガラス片は床にも落ちキラキラと輝いている。
僕は――斧から手を離し、それに背中を預けた。
しばらくの間は動けなかった。考えていたし、答えが欲しかった。
闇が晴れ、空に月が帰ると、その月は赤く輝いていた。
そんな風景を楽しんでいる僕。
常人よりは遥かに頑丈で、治癒能力の高いこの身体は痛みを伴いながら、再生を始めていた。
動けないな……全く。と嘲笑の念を持ちながら言おうとしたが、ひゅーひゅーという異常な呼吸音にしかならなかった。
結局、僕がやった事は、教室をボロボロにぶっ壊しただけなのか……いや、相戸夕はこれで苦しむ事もないだろう。
悪魔は去ったのだから。
滋野新剛が目を瞑ろうとした時、ガラガラという音を出しながらドアが開いて、緑の天使が現れた。
ぼんやりとしている僕を見つけた緑の天使はそのまま僕を見下し続けた。
僕が冷たく凍りつく目線を浴び続けていると、月はその赤い光りを一層強めて、さながら真夏の夕日のようだった。
ずっと見ていたかった。
その光は温かく、穏やかで……。
光を浴びながら昔の事を思い出す。
死んだ母親の思い出。
昔の思い出。
昔……。
買ってもらったウサギに一緒に餌をやった事。
昔……。
公園で一人きりで遅くまで遊んでいて、迎えに来てくれた事。
昔……。
夕日の中で繋いでいた小さな手をほどき、太陽にそれをかざした日。
昔……。
何も言わない天使は僕を見守っている。
僕には多くの昔があった。そんな当然のことを受け止めながら時間が流れる。
――それから、空には大きないつもの金色の月が帰ってきた。