11、君の幻想を使って Ⅰ
長々と、お付き合いくださってありがとうございます。
引き続き目を通して下さると幸いです。
両者の距離は、そう。ちょうど五メートルぐらいだ。
月光が教室をよく照らしていたため、夜にもかかわらず、お互いの姿はよく見えた。
剛が両腕を軽く折りたたみ、左足をやや前に出した。ボクシングで言うオーソドックススタイルである。この時、彼の右手が左手に比べやや下がっているのはアッパーカットの準備と、動きの鈍くなりがちな横腹を守るためでもあった。どっしりとした構えだった。
対照的に。
ポーン、ポーンとウサギは軽く飛び跳ね始めた。
両手をだらりとぶら下げた自然体で、単調で軽快なリズムを刻む。
そのリズムは次第に遅くなり始め、前後に左右に軽く、浅い跳躍を繰り返す。それに合わせて腕と耳とが揺れ動く。
剛が見ているのは手や耳ではなく、足と胴体であった。そして故意にそのリズムに乗らないように努めた。
深呼吸の様に空気を吸って吐いたウサギは満月の晩に跳ねた。
ポーン、ポーンとリズムは刻まれる。
ふぅー、と思いっきりウサギの形をしたそれは息を吐いた。
ポーン、ポ……。
――刹那、リズムが変わった――。
リズムの終了は突撃と同等の意味合いがあった。
あまりにも静かな夜の中、突然、雷の爆音が校内を駆けるような錯覚を一方的に押しつけて。ウサギの悪魔は弾丸のごとく弾けた。
悪魔は右手を固く握り、飛びながら突き出している。そしてその狙いは寸分たがうことなく剛の脳天に向けられている。
剛は息を思いっきり吐きながら、体を右に捩じり、さらに左手を背負い投げの様に突き出した。
悪魔の放った顔面への一撃は異常な風切り音を生みながら空を切り、その代わりに剛の左手がウサギの顔面に命中した。
「うううぅー」
剛は唸りながら、今度は半歩にも満たない踏み込みをし、相手の土手っ腹に肘を突き出す。
ミチミチ、という肉と骨が軋む音を出しながら、ウサギは剛の左手に吹き飛び、壁を粉砕し、瓦礫を巻き上げ、ドラム缶を屋上から落とした時の様な音を出して、壁の向こうにある生徒用のロッカーに人型のマークをつけた。
普通の戦闘ならばこれは十分すぎるほどの決定打だったが、内心、剛は焦りと不安を抱えていた。
――速い。
相手は飽きれるほど速い。
初撃の左は初期動作の確認できたため、避けるついでに当たっただけで、肘鉄は今までの習慣からくる一連の動作だった。
決まってくれ。そう思いたいのとは裏腹に、絶対に立ち上がるという確信が存在した。こんなので終わるような相手ではない。
左手には何の感覚もなく、温かくやわらかい感触が僅かに剛の肘に纏わり付いた。
油断は無い、すぐさま剛相手に対して左足を前に出し、粉砕された壁の方を睨みつける。
ウサギは面倒くさそうにロッカーの鉄編を払いのけ、当然のように立ち上がった。ひとつ咳をすると周辺に血だまりが出来た。
しかし、その顔は嬉しそうに笑っていた。
「……ふ、ふふふふふふふ」
身も凍るような不気味を通り越した恐怖の嗤い。
タン、タン、タン、タン。
ウサギの悪魔は別のリズムを刻む。
片足ずつのステップ。
タン、タン、タン、タン…………ダンッ。という巨大な音とともに、ウサギの足場のタイルが粉々に吹き飛び、再びリズムが途切れる。
今度は風切り音と同時に今度は右ひざが飛んできた。
剛はその右膝を思いっきり左手で撃ち落とし、同時に右手で相手の喉元を掴み前進、払いのけた。
結果、相手は後頭部から地面に激突した。
直後、滋野新剛は悪魔との距離を取る。
剛の左手の感覚が無くなり始めている。
口の中が苦い、そして、剛は極度に高揚していた。
暗さになれるため広がった剛の瞳孔がさらに開き始めた。
感謝いたします。