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ブリスナイト

作者: 藤野一花

 街の広場のクリスマスツリーがひときわ煌めくクリスマスイブに、ロコはおつかいを頼まれました。

 片手に硬貨を握り締め、〈ヴリス洋酒店〉を目指します。ケーキに入れるイチゴのリキュールがなくなってしまったのです。ママによると、それを入れないとクリスマスにならないらしいのです。

 路地裏の奥のヴリス洋酒店の前にたどり着くと、ロコはお店に明りが灯ってないことに気付きました。扉を何回、叩いてみても返事はありません。


「どうしよう」

 ロコは呟きました。

 この街で酒屋はここだけなのです。

「僕の家だけ、クリスマスなのにケーキがなくなっちゃう」

 そう思ったら途端に悲しくなってきました。帰るわけにもいかず、ロコはお店の主人が帰って来るまで待つことにしました。

 扉の前に座り込み、いつ現れるかわからない主人を待つロコの心は不安で張り裂けそうでした。

 しばらくすると、路地裏の向こうから明りが見えました。

「戻って来た!」

 ロコは真っ先にそう思いました。けれど、現れたのはロコと同い歳くらいの少年でした。

「あれ、酒屋しまってんの?」

 男の子は店と扉の前で不安げに佇むロコを見て言いました。

「うん、そうみたいなんだ。イチゴのリキュールがなきゃクリスマスにならないのに、帰れないのに……」

「イチゴ?」

 そう言うと、男の子は肩から提げた大きな鞄の中を探り始めました。そうして、ロコに瓶をひとつ差し出しました。

「あげるよ」

「でも…悪いよ」

 ロコには喉から手が出るほど欲しいものでした。けれど、はじめてあった子にもらうなんて。帰ってママにどう説明したらいいんだろう、ロコは思いました。

「悪いと思うなら、ひとつお願い聞いてくれないかな」

「お願い?」



「ただいま」

 ロコはようやく家の扉を開きました。

「おかえりなさい。ロコごめんね、酒屋さん今日お昼におやすみしちゃってたのママ知らなくて」

ママは言いながら、台所の奥からかけるようにやってきました。

「ううん、この子がリキュールくれたんだよ。これでクリスマスはばっちりだね!」

「そうなの?助かるわ」

 ママはほっとしたかのような顔で男の子を見て言いました。

「それでね、ママお願いがあるんだけど……」

 ロコは男の子とママと両方を見ながら、自信なさげに言いました。

「あら、なぁに?」

「この子も一緒に、今日のクリスマスイブを過ごしたいんだ」

「僕が頼んだんです。今夜、仲間に入れてくれないかって」

 ロコの発言に男の子も付け加えました。

「うちは構わないけれど、お家は大丈夫なの?帰りを待っているんじゃない?」

 ママは少し心配するように男の子を見つめました。けれど、男の子は首を軽く振り悲しそうな顔をして下を向いてしまいました。

「ねぇ、ママお願い。家に帰っても今夜は仕事でだれもいないんだって」

ママはしばらく考えていたけれど、にっこり笑って言いました。

「二人とも、あと一時間でパパが帰ってくるわよ。手伝って!」

 そう言うと、ママはまた台所にせわしなく歩いていってしまいました。

 玄関に立つ少年二人に笑顔を残して。


 ロコと男の子は忙しさでいつもより厳しいママの指示に従って、着々と準備を進めていました。そのかいあってか、無事パパが帰る一時間後には間に合ったのでした。

 ママの腕によりをふるった料理がテーブルいっぱいに並べられました。

 ごちそうを食べながら、一人家族に男の子が増えたみたいで、おしゃべり好きのパパはいつもより楽しそうに会話を弾ませていました。

 その夜、ロコの家からは幸せがこぼれていました。


「ところで、君の家族はなんの仕事をしてるんだい?」

 パパが聞くと、男の子は少し首をかしげて困った顔をしましたが自信を持って答えました。

「子供たちに幸せを届けています」

「素敵だね。まるでサンタクロースだ」

「はい」

 男の子は少し照れるように、頷きました。

「今日、サンタさん来てくれるかなぁ?」

「良い子に寝ていればね、ちゃんと来てくれるわよ」

 そんなやり取りを男の子は嬉しそうに眺めていました。


「今日はありがとう」

 晩餐会の後、二人は広場のクリスマスツリーの前にあるベンチに座っていました。しばらくおしゃべりした後、男の子はロコに笑いかけ言いました。

「僕はクリスマスが、サンタクロースが、こんなにみんなを幸せにさせてるなんて知らなかったんだ。すごく嬉しいよ」

「今年は楽しかった?」

「うん、すごく」男の子は笑顔で大きく頷きました。「これでおじいちゃんと煙突だって上手く上れそうだよ!」

「煙突?まるでサンタさんだね」

 ロコがそう言うと、男の子は軽く笑いました。

「クリスマス、楽しみにしてて」

 男の子は意味ありげな言葉を発すると身をひるがえし、かけていってしまいました。それを眺めていると広場のツリーの電飾で服が紅く見えました。肩から提げた大きな鞄とあいまって、まるで……、

「サンタクロースだ」


 家に帰ると、ママは暖炉の前で編み物をしながらロコを待っていました。

「ロコ、おかえりなさい。ココアいれたのよ」

 ママは暖かいココアに生クリームを載せて、円卓の上に置きました。ロコはかじかむ手でカップを持つと、ゆっくり口に運びました。

「生クリームが雪みたいだぁ。ねぇ、ママ。あの子、サンタさんの子供だったのかなぁ」

「あら、ロコったら随分ロマンチックじゃないの。でも、そうかもしれないわね。なかなか手に入らないイチゴのリキュールだって今まで食べたことないくらい美味しかったし、いつもより、今日のクリスマスパーティは楽しくて幸せだったわ」

「パパすごく楽しそうだったよね」

「そうねぇ」

 ママはうれしそうにほほ笑みました。

「クリスマスに家族が忙しいなんて、おかしいもの。みんな家族で過ごす日なのに。きっと、プレゼントを配るのに忙しいんだ。一度くらい、サンタクロースの家族だってクリスマスに一緒に過ごせたら幸せだろうな。もし、出来るなら、代わりに僕がプレゼントを配るのに」


 ロコはその晩、サンタクロースの子供に手紙を書きました。


 ……イチゴのリキュールありがとう。ママが大絶賛していたよ。いつもよりずっと幸せなクリスマスになったよ。お礼に、ママと一緒に編んだマフラーを送るよ。風邪に気をつけてね。

 僕のうちの煙突だって上手く上れるようになってよね。

 来年は煙突から会いに来てくれるのを楽しみにしているから。




ブリスナイト

End.

Bliss(ブリス)=至福。

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