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完了報告

ハバククさんの「かわいそうに」という粘りつくような声を背中に受けながら、私は流行調査課を飛び出した。点滅するタブレットは、佐藤くんの世界で何かが決定的に動いたことを告げている。


慌てて管理課へ戻る廊下の角を曲がった時、私は思わず足を止めた。


前方から、眩いほどの光を放つ白いスーツの集団が歩いてきた。

アオキャルさんたちの着ている事務的なスーツとは質感が違う。それはまるで光そのものを織り上げたような純白で、彼らが通り過ぎるだけで廊下の空気がキリリと引き締まるのを感じた。


「……全て元に戻すべきだ。我々はいつまで頭を下げるのだ」

「それを決めるのは我々ではない。」

「……もう立場が変わったのだ。」


すれ違いざまに聞こえた、低く、冷徹な声。

何を話しているのかは全く分からなかったが、彼らから放たれる圧倒的な威圧感に、私は壁際に身を寄せて頭を下げることしかできなかった。


(……あんなに格上のオーラを放つ人たちがいるんだ。あの方が、いわゆる上級天使たちなのかな……)


彼らの白い背中が見えなくなるまで見送っていた私は、前を見ずに歩き出し、角から現れた誰かとまともにぶつかってしまった。


「おっと、失礼」


『あ、すみません! ぼーっとしていて……』


謝りながら顔を上げると、そこには私と同年代か、少し上くらいの青年が立っていた。

仕立ての良いスーツを皺ひとつなく着こなし、眼鏡の奥の瞳には強い意志が宿っている。何より目を引いたのは、彼の胸に輝く銀色のバッジだった。私と同じ転生管理課所属の証だ。


『……あ、あなたも転生管理課の方ですか?』


「ええ。今日配属されたニッヒです。」


『そうなんですね。私も今日から配属になったんです。同期……でしょうか。よろしくお願いします』


「同期ですか…。よろしく。……それにしても、この階層は迷路のようですね。効率が悪い。私はこれから食事を摂ろうと思っていたのですが…道に迷ってしまってね。食堂には何度も行ったことがあるのですが…。困りましたね。」


ニッヒは見るからに仕事ができそうだった。私のような「経理課からの異動」組とは違い、確固たる上昇志向を持ってこの部署へ来たエリートの輝きがある。


『食堂なら、この廊下を突き当たって右ですよ。今はもうさほど混んでないと思います。』


「感謝します。では、またオフィスで」


ニッヒは一礼すると、迷いのない足取りで去っていった。


(……あんなに真面目そうな人もいるんだ。私も急がなきゃ!)


管理課のオフィスに戻ると、朝の静けさが嘘のような活気に包まれていた。

あちこちで「第三世界の戦況は?」「チート能力の上方修正が必要だ!」という怒号に近い声が飛び交い、天使たちが忙しなくホログラムを操作している。


自分のデスクに辿り着くと、そこには椅子を回転させて待っていたアオキャルさんの姿があった。


「あー、お帰り。アラーム鳴った時は光の速さで戻ってこなきゃダメだよ? 現場は一刻を争うんだから」


『すみません、ヘルミナさんと他の部署を見学していて……。それで、佐藤くんは!?』


「あぁ、それ。……ほら、これ見て」


アオキャルさんから手渡されたタブレットには、大きな文字で**『完了報告(Final Report)』**と表示されていた。


『え……完了? 戻ってくる間に終わっちゃったんですか?』


「そう。佐藤くん、立派だったよ。愛するエルドラが魔王だと知って、三日三晩泣き明かした挙句……最後は自分の手で彼女を討った。異世界の人々を守るためにね。まさに教科書通りの『救世主としてのアンサー』だったよ」


アオキャルさんはどこか事務的に、あるいは満足げに肩をすくめた。


「報告書の内容は僕が全部まとめといたからさ。あとは君が担当者として、ここにサインするだけで終わり」


示された署名欄を見つめる。

見届けることが出来なかった。彼のことを何も知らないままだ。彼の異世界での物語は終わってしまったのだ。


『……彼、これで幸せになれたんですか?』


「さぁね。正直なところな…我々の仕事にとってその辺りってあまり重要じゃないんだよね。」


『え?』


「重要なのは、彼らに異世界でのアンサーを出させることだよ。そうじゃなきゃ完了報告が作れない。そりゃあ、幸せなことに越した事ないけどね。一つの案件にそこまで時間は割けない。現世は転生願望を持つ死にたがりが多すぎる…次から次へと来る…」


そうこうしている間に次の転生希望者のデータが送られてきた。一体どれだけの人数が居るのだろうか。このフロアにいる全員で捌いているとすれば、転生希望者はとんでもない人数だ。

来た魂来た魂次々と異世界に送り込む…まるで工場のライン作業の様だった。


「さぁ、早く完了報告に署名を!急いで!」


私はアオキャルさんに促されるまま、震える指で画面にサインを書いた。

提出ボタンを押すと、佐藤くんのデータは吸い込まれるように「アーカイブ」へと転送されていった。


フロア正面の大きなモニターに私の名前が表示され、実績+1とカウントされた。


やり遂げたはずなのに、胸の奥にはハバククさんの「かわいそうに」という言葉が、トゲのように刺さったままだった。


ここの仕事は何か…私の思い描いていた仕事とは違う感じがしていた。

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