別の部署
ヘルミナさんが編集した新しいキャラクターが佐藤くんのいる世界に実装された。名前はエルドラ。この美しい女性は佐藤くんを虜にするが、その正体は残忍な魔王である。
「さてと。とりあえずドロップ完了。あとは…半日くらい放置すればいいかな?そうすれば向こうの世界で数ヶ月の時間が経過するからそのくらい経てば『結果』が出ると思うわ。」
ヘルミナさんはそう言うと私の肩をポンと軽く叩いた。
アオキャルさんはタブレットをスリープ状態にしようと操作している。
画面の中では、銀髪の少女エルドラと彼女に駆け寄る佐藤くんの劇的な出会いが映し出されていたが、アオキャルさんはあまり関心がない様だった。
『……あの、スリープモードって…。その…!いいんですか? あの二人がどうなるか、見届けなくて』
アオキャルさんは黒い画面に反射した自身を見て、髪型を整えながら言った。
「いいのいいの。つきっきりで見てたら疲れるじゃん。この仕事はね、『適度な無関心』がコツなんだ」
アオキャルさんは伸びをしながら立ち上がり、鼻歌まじりにどこかへ遊びに行ってしまった。相変わらず、やる気があるのかないのか分からない人だ。
ヘルミナさんはグラスの中の水を飲み干すとため息混じりに呟いた。
「……新人ちゃん、あいつの言うことは半分だけ聞いておけばいいわよ」
『ヘルミナさん。アオキャルさんって、いつもあんな感じなんですか?』
「そうね。でも、あれでいてアオキャはこの課でトップクラスの成績を誇るやり手なのよ。昔、彼が担当した案件なんて、今でも天界の語り草になってるわ。」
『実績はあるんですね……』
「ええ。有名な武術家を異世界に転生させたり…転生者を勇者ではなく下級モンスターに転生させたり……無職を天才魔術師に転生させたり…それはもう色々な仕事をやっていたわ。」
『…ん?聞いたことある様な無い様な…?あんなやる気無さそうなのに…。もしかしてアオキャルさんって感覚でなんでも出来ちゃうタイプの天才なんですか?』
「…んーん。アオキャはもともとあんな感じじゃなかったわ。出世もしたのに…大きな仕事でミスをしたみたいで…それで今みたいになっちゃったの…」
意外な事実に私は驚きを隠せなかった。あのテキトーさで実は超優秀なのだ。それこそ何かの異世界転生物語ではないか。
「……そうだ、新人ちゃんはなんでこのセンターで転生管理課を選んだの?他にも色んな課があったのに…」
『え…えーと…まぁ、別にいいじゃないですか…私の事は…』
急に口籠る私をヘルミナさんは怪訝そうな顔で見ていた。無理もない。
私は所謂"新卒採用"ではなかった。転生管理課へ来た理由…それは特に大した理由ではなかった。前の配属先であった経理課の仕事に飽きてしまったことが1番の原因だろう。
毎日同じルーティンワーク…つまらない数字との睨めっこ。最初は意欲的に取り組んだが、経理の仕事は私には合わなかった様で次第にやる気をなくしていった。
その辺り、私も佐藤くんと同じ様な状況だったと言える。私は全能ではなかったが…。
仕事に飽きた私は次第にミスを頻発する様になり、転生課へ異動となったのだ。
実にくだらない理由だし、やる気をなくしてミスが増えて飛ばされましたなんて言うわけにもいかず…私は返事を誤魔化すことしか出来なかった。
鈍く光る転生管理課のバッジを見つめる私に気を遣ったのかヘルミナさんは話題を変えた。
「そうだ、気分転換に他の部署も行ってみない?まだ行ったことないところもたくさんあるでしょう?」
ヘルミナさんに連れられて、私は食堂を後にした。光り輝く廊下を歩いていると、向こうから山のような書類を抱えた、ひどく疲れ切った顔の天使が歩いてきた。
「……あぁ、ヘルミナさん。どうも。」
その死神の様な風貌の天使はヘルミナさんのことを知っている様だった。
「…あ、バルバトくん…お疲れ様… 大丈夫?顔色が優れないわ…」
バルバトと呼ばれた天使は、目の下に深い隈を作って力なく笑った。
「それは…まぁ…ここ最近ずっとですよ。現世で毎年毎年自殺者が増えてるんです。勘弁して欲しいですよ。」
すれ違うバルバトくんの背中を見送りながら、ヘルミナさんが私に囁いた。
「彼は『整理課』の所属のバルバトくん。整理課は死者の魂を見極めて転生管理課へ送るかどうか適正に判別するの。死者数が増えれば増えるほど彼らの仕事も増えるわけ。」
私は曖昧に頷いた。
『そ、そうなんですか…。大変そうですね。』
彼の風貌が整理課のブラックさを物語っていた。同じ建物内でも課によって忙しさに雲泥の差があるらしい。もしかしたら俗にいう死神とは疲れ切った整理課所属の天使のことなのかもしれない。
「……はい、到着。」
不意に、ヘルミナさんが立ち止まった。
『…ここは?』
そこにはクセのある文字でこう書かれていた。
"おいでませ!流行調査課へ!"
彼女は真剣な眼差しで、私の瞳をじっと見つめた。
「私たちの仕事は、不運な死を遂げた死者達に望む『物語』を与え、彼らの活動を暖かく、時に冷たく…見守ること!転生者達が様々な世界で下す『アンサー』…それは彼らがこれまでの人生において独りでは辿り着けなかった、高純度な生の証明なのよ」
『……生の、証明……ですか…』
「では、死者の魂が望む『物語』とは…一体何か?私達はそれらを調査して常にトレンドを押さえた最新情報を知っておかないといけないのよ!」
『…その調査をする場所が…ココ…ということですか?』
ヘルミナさんは自信のある笑みを浮かべて流行調査課の扉を叩いた。扉の奥から気の抜けた声が聞こえる。
「ンはぁい…どうぞ〜」
扉を開くと1人ポツンと作業をしている天使がいた。天使はモニターを見ながらジュルジュルと音を立ててストローで何かを啜っていた。気が狂うほどの甘い匂いを放つそれは何かのシロップの様な物だった。




