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業務開始

天界の社員食堂は下界でいう一流ホテルのビュッフェですら色褪せて見えるほど豪華だ。

柔らかな光が差し込むテラス席で、私はアオキャルさんとヘルミナさんの三人でテーブルを囲んでいた。アオキャルさんの「こんな時は悩んでも仕方ないし、とりあえず昼食を取ろう」という意見が採用されたのだ。


『……はぁ。佐藤くん、もうこんな感じなんですよ』


私は手元のタブレットに映る異世界の映像を二人に向けた。

画面の中の彼は金銀財宝に埋もれた王座で欠伸をしていた。レベルカンストした彼に襲いかかる敵はもういなかった。特に苦労することも努力することもせず彼は最強になった。そして彼はもう完全に世界に「飽きて」いた。

アオキャルさんは口いっぱいに肉を放り込み、適当な手つきでひらひらと手を振った。


「思っていた以上に飽きるのはやいね」


思っていた以上にこの人はテキトーだった。

責任感とかそう言う概念が無いのだろうか。


『いやいや、分かっていたなら早く言ってくださいよ!もうこの世界の魔王は佐藤くんを恐れて悪いことしなくなっちゃったみたいですよ!』


私は画面に村人と農業に勤しむ魔王を映し出した。

田んぼで小麦を収穫している。


「ホントだぁ!二毛作やってるね!もうこれはこれでいいんじゃない?平和平和」


『ちっとも良くないですよ!…ヘルミナさん、こんな時どうすればいいんでしょうか。』


「まぁ、よくあるパターンね。全能感の副作用。刺激が足りなくなると、こうなるのよ。こんな時はこの肉料理と同じでちょっとスパイスが必要ね。」


『スパイスですか?』


肉料理にふりかけた胡椒に咽せながらアオキャルさんも続けて言った。


「そうそう。スパイスさ。僕らがあの世界に直接降りて何かをすることはできないけど、間接的に干渉することはできる。例えば、システムの裏口から『新キャラ』を実装することとかね。」


サラダを上品に運んでいたヘルミナさんが、小さく溜息をついた。


「はぁ……まぁ、このまま放置しても新人ちゃんの実績付かないしね。仕方ないね。私も協力するわ。一度最初から彼の設定を振り返りましょう。そこに何か解決の糸口になる物があるかもしれないわ。」


私は慌ててログを遡った。


『えーと……魔法も使えて剣術もできてとにかく最強で…美味しいものを食べて…女の子にモテモテで……あ』


私は自分の指先が止まるのを感じた。


『……先輩。私、とんでもないミスをしてるかもしれません』


「んー? なに?」


『「最強スキル」と「成長率一千倍」に気を取られすぎて……「モテモテ」に関するスキルを、一つも実装してませんでした』


一瞬沈黙が流れた。

ヘルミナは吹き出しそうになりながら口を開く


「つまり、今の彼は『ただ強いだけの、権力を持った男』ってことね。確かによく見ると周りに女どころか男も動物もいない…力を持ちすぎた結果、全員から恐れられてるわね。」


確かにそうだ。彼はもう救世主とは程遠い存在になってしまったのだ。今となっては彼から転送先の異世界を救う意志は微塵も感じられなかった。


ヘルミナさんは私からタブレットを奪い取ると、慣れた手つきでキャラクター・エディタを起動した。


「分かったわ。美女を作ればいいのよ。佐藤くんが一目惚れする様な絶世の美女をね。でも、この子はどれだけ最強の魔法を使おうが、どれだけ財宝を積もうが、絶対に彼のモノにはならない。そんな子よ。」


『え、絶対に結ばれない子なんですか?』


「そうよ。手に入らないものがあるからこそ、男は必死になるでしょ? 彼に必要なのは、全能の力を振るっても屈服しない『不確定要素』。それが彼の魂を再び熱くさせるはずよ。」


ヘルミナさんの指先が、ホログラムの上で複雑な造形を編み出していく。

銀色の髪、冷徹なまでに澄んだ青い瞳。現世のどんなモデルも及ばない、天界の審美眼の粋を集めた女性キャラクターが形作られていった。


「よし。佐藤くんがどれだけレベルを上げようが、彼女の好感度だけは『ゼロ』から動かないように設定したわ。そして仕上げは…」


アオキャルさんがニヤニヤしている。

気味が悪い。


「この子を冷酷な魔王として設定し直すのよ!」


『えええええええ…』


好意を抱く人が自分の宿敵だった場合、私はどの様な決断を下すのだろうか。少し悩んだが、わからなかった。

佐藤くんならきっとどんな敵でも一撃で葬れる。それが世界を脅かす魔王でも…。でも、その魔王が好きになった女性だった場合…。退屈な日々を過ごす彼はどんな決断を下すのだろう。


不安を抱える私をよそにヘルミナさんはキャラクターエディターの実行キーへと指を伸ばした。

この人達は本当に天使なのだろうか…。

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