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配属2

アオキャルさんは、自分のデスクに置かれた観葉植物に霧吹きで水をかけながら、軽やかな調子で続けた。


「さて、記念すべき君の最初のお客様だ。データを確認してくれ」


私のディスプレイに、一人の青年の立体像が浮かび上がった。

名前は佐藤和也、二十二歳。死因は歩きスマホによる階段からの転落死。……なんとも現代的な、そして呆気ない最期だ。


「……あ、あの……ここは?」


デスクの前に、半透明の状態で召喚された佐藤くんが、キョロキョロとオフィスを見渡している。その表情には、死への恐怖よりも「もしかして」という期待の色が濃い。


「よーし、じゃあ早速試しにやってみようか。これマニュアルね。大丈夫大丈夫。とりあえずそのまま読んでみてよ」


『え、えぇぇ!もうやるんですか!?』


まさかいきなり実践に入るとは…。ホワイトな職場ならばロープレや座学などをしっかりやってからじゃないかとかこの人の指導些か雑ではないかとか色々と疑問が湧いたが、目の前のお客様を待たせるわけにはいかないと思った私は深呼吸もほどほどにマニュアルを読み上げるしかなかった。


『こ、こんにちは、佐藤和也さん。天界へようこそ!私はあなたの転生プロデュースを担当する者です』


私が某ネズミランドのキャストの如く嘘くさい笑顔と声でマニュアルを読み上げると、彼は「やっぱり!」と拳を握りしめた。


「ってことは、アレですか!? 異世界転生ってやつですか!?」


『よくご存知で。あなたはその不運な死への補填として、新たな世界で生きる権利を得ました。希望する能力があれば伺いますが?』


私がそう問いかけると、佐藤くんは待ってましたと言わんばかりに身を乗り出した。


「最強! とにかく最強がいいです! 努力とか修行とか、そういう面倒なのは一切なしで! 魔法も剣も全部使えて、女の子にモテモテで、美味しいものを食べて、誰にも文句を言わせない……そんな、人生で異世界を完全攻略したいんです!」


その願いはあまりに欲張りで、それでいてあまりに空っぽだった。

私は一瞬、戸惑ってアオキャルさんを見た。


『え…先輩…こんな欲張りセットOKなんですか?』


アオキャルさんはコーヒーを啜りながら、事もなげに頷く。


「いいんだよ、テキトーに見繕ってあげてよ。みんなそれを求めてここに来るんだから。むしろ清々しいじゃないか。……ほらほら彼にぴったりの能力を選んであげて」


私は端末を操作し、カタログの中から最上位のスキルセットを検索した。


『……分かりました。では、あらゆる魔法を無詠唱で発動できる『真理の目』、そしてどんな攻撃も無効化する『神の加護』。この二つをベースに、成長率を一千倍にするボーナスを付与します。これで満足ですか?』


「最高だ……! 夢みたいだ!」


佐藤くんの魂が、歓喜でパッと明るく発光したのを感じた。その輝きは、まるで高品質な電球のようにオフィスを照らした。よほど嬉しかったのだろう。


『えーっと…では、こちらの能力は転生後に付与されます。転生者として、あなたがその世界で素晴らしい活躍をしてくれることを期待しています。転送まで少々お待ちください。』


マニュアルを一通り読み上げた私はフゥと息を吐いた。


「お疲れ様。初仕事、完璧だったね」


アオキャルさんがパチパチと軽く手を叩いた。


「どうだい? 人の望みを叶えて、新しい世界へ送り出す気分は」


「……はい。あんなに喜んでもらえるなんて、思っていませんでした。」


私は、ディスプレイを見つめながら、充足感に浸っていた。

自分のデスクの隅に、新しいファイルが生成される。表紙には『サトウカズヤ 経過観察ログ』と記されていた。


私はそれを開く。

まだ、何も書かれていない真っ白な報告書。

彼が救世主として全うした際に使うのだろうか。


「さて」と、アオキャルさんが立ち上がる。

そしてコーヒーカップを置くと、「ほんじゃ実機を見に行こうか」と私を促した。


オフィスの突き当たりにある重厚なドアが開くと、そこには事務所の静寂とは対照的な、巨大な重工業施設のような空間が広がっていた。


「これが我が課の心臓部の『転生装置』だ」


吹き抜けの広大な空間に、無数の白銀のカプセルが整然と並び、静かな駆動音を響かせている。カプセルからは複雑な配線が伸び、天井の巨大なサーバーユニットへと繋がっていた。時折、カプセルの隙間から液体窒素のような白い蒸気が噴き出し、幻想的ですらある。


『……すごい。私こういうのは魔法の門みたいなものを想像していました』


「はは、現代の魂はデータ量が多いからね。アナログなゲートじゃ処理が追いつかないんだよ。」


案内された先にあったカプセルには佐藤和也と書かれていた。手元のコンソールに彼のステータスが表示された。


「あ、彼ね、今もうこの中にいるんだよ。さっきの映像はココにいる彼を映していたわけね。ここのパネルを操作する事で能力付与ができるのさ。」


アオキャルさんは慣れた手つきでポチポチとボタンを押す。これは後に自分もやるであろう。私はすかさずメモを取る。


アオキャルさんは画面上のアイコンをドラッグし、彼に約束した『真理の目』と『神の加護』、そして『成長率一千倍』のコードを魂へ流し込んでいく。

インストールが始まると、青い光の帯が螺旋状に魂に巻き付き、浸透していった。その瞬間、佐藤くんの魂がひときわ強く、熱を帯びたように発光した。


「よし、インストール完了。転生実行!」


アオキャルさんが実行キーを叩くと、カプセル内で眩い閃光が走った。そしてその眩しさを遮る様にシャッターが閉り中が完全に見えなくなった。


「よーし転生成功。……観測するよ」


アオキャルさんと私は駆け足でデスクに戻り、モニターを操作する。そこには中世ヨーロッパ風の街並みが映し出され、先ほどまで半透明だった佐藤くんが立派な鎧を纏い、白く輝く剣を手に立っていた。


「す、すげえ!本当に異世界転生してる!!」


モニター越しに聞こえる彼の歓喜の声。彼はすぐさま街を襲っていた巨大な魔獣を一撃で粉砕した。


『すごい……もう攻略を始めた』


「彼は今、最高に『全能感』を味わっている。楽しそうだねー。今の所は。」


『…え』


アオキャルさんは続けて何か言いたそうだったが、口を閉ざし、鼻で笑った。


「んーまぁ、今日のところはお疲れ様。これで経過をしばらく観察していこうか。」


『は、はい。そうですね。ここから彼が救世主として活躍したら仕事が終わるって感じですよね。そうなると案外早く終わりそうですね、この案件。』


「んー。かもねー。」


気のない返事だった。やる気があるのかないのか…この人はイマイチわからない人だ。そんなことを考えていると不意に背後から声が聞こえた。


「あら?キャっさん。その子新人?」


見知らぬ女性だった。アオキャルさんをキャっさん呼びという事からある程度親しい人だと伺える。彼の同期だろうか。


「新人だよー。今日からココ配属になってね。今教えてたところ」


『あ、よろしくお願いします。』

私は頭を下げた。


「へぇー!いいね!若々しくて可愛らしい!私コイツの同僚のヘルミナ。よろしくね。コイツ教えるのテキトーでしょ?なんかわからない事あったら言ってね。」


「テキトーだって?心外だなぁ。ちゃあんと丁寧に『座学』から教えていたところさ」


座学から教わった覚えはまるでないのだが、私はとりあえず空気を読んで頷いた。

ヘルミナさんはディスプレイを覗き込むと眉を顰めた。画面の中でハシャギ回る佐藤くんを見て座学からやってないと分かったのだろう。


「いきなり実践したんだね…」

ヘルミナさんが私に向かって言う。

早々に嘘がバレる。


『…あ、はい…実践…ですね…すみません』


「何をどこまでやったの?」


『えーと…マニュアル通りに…望むスキルを全部与えて最強にしました…』


「あー…」

彼女は頭を抱えた。

私は何か悪いことをしたのだろうか。


「転生した彼…何歳だった?」

彼女は近くにあった資料を確認し、苦い顔を浮かべた。


「あー…22才かぁ〜。まぁ、いいんだけどさー。うん…。全能スキル…最強でモテモテかー…うーん…まぁねぇ…」


彼女の言葉を遮る様にアオキャルさんはあくびをしながら言い放つ。


「まぁアレだよね。多分、すぐ飽きるよね!」


配属初日、初仕事、テキトーな先輩によるテキトーな指導によりもう暗雲が立ち込めた。

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