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転生装置

アオキャルは、床に倒れ伏したまま動かない新人を横目に、手元のタブレットを冷徹な手つきで操作していた。


画面には、新人が書き上げた『異世界芸人』のログが表示されている。


「……ここでの設定時の…記憶保有はなし…笑いで人を救う世界…か…スキルも道化系のスキル…ここの奴らの目線で見れば合格だろうな。だが…」


画面では、笑いで侵略者を倒し、異世界を救うと決意する芸人が映る。彼は全能感に溢れて笑っていた。


「……これではダメなんだ。」


アオキャルは小さく呟くと、そのデータを編集し始めた。


「…んー。この場合はより面白い人物が現れ、絶対に勝てない様にしないと…な…」


設定を済ませたアオキャルは迷うことなく異世界芸人の物語を「廃棄検討」として確定させた。そして偽装した完了報告を横たわる新人宛に送った。


「…ふぅ…あとは実績数をなんとかしないとな」


一仕事終えたアオキャルは新人を抱き抱えると宿直室まで運んで行った。


(この子の症状…普通ではなかった…。大量の薬物を一度に摂取した様な…)


新人をそっと仮眠用のベッドに寝かせるとアオキャルは宿直室を後にした。


(多分…ハバククだ。アイツに何かされた可能性が高い…だが、いつどこでアイツと関わったんだ?)


流行調査課の扉の隙間からは薄い光と異臭に近い甘い香りが漏れていた。アオキャルは部屋の扉を遠慮なく蹴り開けた。


「…よお、ハバクク。……相変わらず、死ぬほど居心地の悪い部屋だな」


部屋の主ハバククは、分厚いレンズの眼鏡を指で押し上げ、ゆっくりと顔を上げた。


「……失礼だなぁアオキャ。ノックくらいしてくれよ。」


「ハバクク…世間話をしに来たんじゃない。……単刀直入に聞く。お前、いつ、どこであの子に会った?」


アオキャルの声は、廊下で見せる軽薄なものとは別人のように低く、鋭かった。

ハバククは机の上の角砂糖を一つ、口に放り込んでから答えた。


「あぁ…ヘルミナと一緒に来たんだよ。彼女が新人が入ったってね。ここを紹介しにきたんだよ」


「……ヘルミナか。あいつめ…一体どういうつもりなんだ……。いいか、ハバクク。なぜ『アレ』をあの子に渡した。あれがどういう代物か、お前が一番よく知っているはずだろう」


アオキャルがデスクに両手をつき、ハバククに詰め寄る。その瞳には、隠しきれない怒りが宿っていた。


「……助けたかったんだよ」


ハバククは淡々と、しかしどこか悲しげに言った。


「転生管理課で仕事をするなら、あれがないとやっていけないはずだ。君ならわかるだろ?特に、あの子のように真面目で、魂の一つ一つに寄り添おうとするタイプなら、なおさらね。……僕が、そうだったようにさ。」


一瞬、部屋の空気が凍りついた。

かつて、ハバククもアオキャルと同じ「転生管理課」のデスクに座っていたのだ。


「転生管理課の仕事はきっとあの子を追い詰めるよ……この薬は、その苦痛を和らげるためのもの、救いになると思って3つだけ渡したんだ…。」


ハバククは手元の角砂糖を指先でつまみながら言った。アオキャルは感情を露わにし怒りのままに叫んだ。


「お前、3つも渡したのか!?精神に作用する薬が入っているんだろ?危険だと思わなかったのか!?アイツ…狂った様に仕事をしてぶっ倒れたんだぞ!?正気じゃない!!」


その言葉を聞き、ハバククは少し焦った様子を見せた。


「…バカな…!薬は少なく調整してあったはず…!あぁ…なんて事だ…!僕はまた罪を犯したんだ!」


ハバククは涙を流し、震えながら角砂糖に齧り付く。ジャリジャリと音を立てて咀嚼し、飲み込むと少しだけ冷静さを取り戻した。


「ハバクク…おい…大丈夫か…?」


「…ふぅ…ふぅ…ごめんよ…アオキャ…。僕は本当に助けたかっただけなんだ…。クソ…自分が情けないよ…」


机に顔を伏して鼻を啜りながら喋るハバククを見て、アオキャルは感情的になった事を詫びた。


「…わかった。わかったから…。声を荒げてすまなかった…。…その、つまり…薬の量を調整してたというと…要は大丈夫ってことなのか?」


「…あぁ。…多少時間はかかるかもしれないけど、ゆっくり寝て休めば良くなるはずだ…」


アオキャルは少し安堵し、俯きながら口を開いた。


「……実は…まだ、あの子には何も話してないんだ。その時が来るまで、僕は嘘をつき続けるかもしれない。誤魔化して、欺いて、あの子をこの『地獄』から遠ざけようと考えている」


「……そんなのできるわけない。この天界で、誰にも気づかれずに魂を逃し続けるなんて…お前だって、もう限界だろう?」


ハバククの言葉に、アオキャルは歪な笑みを浮かべた。


「いや、できる。僕はやるさ。……お前も協力してほしい。まずはあの子を、そして、その先にあるものを救うために…」


ハバククは力なく首を横に振り、深い溜息を吐いた。


「……アオキャ…ロストについてはどうするつもりだい? 他の数値だって誤魔化しきれない値に達しているぞ。上層部もきっとそのうち気付くはずだ。このままじゃ……」


「……そうだな…。ハバクク…お前のいうとおり…もうバレるのも時間の問題だ。…すべてを救いたいけど、実際のところ難しいかもしれない。…多少の犠牲は出る。……それは、もう避けられないのかもしれない。一応覚悟しているよ…」


アオキャルの言葉を聞き、ハバククは頷いた。


「…わかったよ…。できる範囲だけど協力する。もう逃げるのは辞めないとね…僕らがやった事は僕らがケジメをつけないとね。」


アオキャルは、ハバククの目を真っ直ぐに見据えた。


「……ありがとう…すまないな…ハバクク…。」


アオキャルはそれだけ言い残すと、ハバククの返事も待たずに部屋を後にした。

残されたハバククは、持っていた角砂糖を握りつぶして呟いた。


「一刻も早く転生装置の破壊しなければ…」


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