配属
天界の朝は、驚くほど静かで、それでいて活気に満ちていた。
見上げる空は常に完璧な雲ひとつない快晴。高層ビルが立ち並ぶオフィス街のような景観だが、その壁面はどれも真珠のような光沢を放ち、大理石の床には塵ひとつ落ちていない。
『……ここが、今日から私の職場か』
私は、胸に輝く『転生管理課』と刻まれた銀色のバッジを指でなぞった。
自動ドアをくぐると、そこは洗練されたオフィス空間だった。
空調は常に「最も集中できる温度」に保たれ、微かに香るのは高級なアロマ。デスクには最新のホログラム・インターフェースが完備されており、それはもう天界屈指のホワイト企業っぷりが滲み出ていた。
「おはよー。新人くん。今日からだね」
隣の席で、マグカップを片手にホログラムのリストを流し見している先輩天使が声をかけてきた。
『あ!おはようございます。今日からお世話になります!』
私はそう言うと頭を深々と下げた。
先輩天使は画面を流し見しながら続けた
「あー、いいんだよ。そんなにかしこまらなくてさ。どっかのブラックな職場じゃないんだからさー。気楽にいこうよ。僕の名前はアオキャル。みんなからアオキャって呼ばれてるよ。よろしくね。」
天使といっても、背中に羽があるわけではない。仕立てのいい紺色のスーツを着こなし、眼鏡をかけたその姿は、どこからどう見ても仕事のできそうな中堅サラリーマンだ。
『はい。よろしくお願いします!』
「うちは天界の中でも今一番の『花形』で、一番の『ホワイト部署』だからねー。君ラッキーだよ。」
アオキャルさんが指差した先には、巨大なモニターがあった。
そこには、現代日本とおぼしき場所でトラックの前に飛び出す若者や、過労でデスクに突っ伏す中年男性の姿が、刻一刻と映し出されていた。
「これが僕らの『お客様』だ」
彼は手慣れた動作で、一人の青年のデータを手元のタブレットに転送した。
「仕事内容はシンプルだよ。現世で不慮の事故や寿命で亡くなった魂の中から、まだ余力があるものをピックアップする。そして、彼らの望みに合わせた『異世界』と『チート能力』をパッケージングして送り出す。それが僕らの仕事――謂わば『異世界転生プロデュース』だ」
私は配布された端末を開いた。そこには、通販サイトのメニューのようにスキルが並んでいる。
『魔力無限』
『全属性魔法適性』
『聖剣召喚』
『鑑定眼・極』
『……こんなに簡単に、すごい能力をあげちゃっていいんですか?』
「いいんだよ。その辺はテキトーでさ。彼らは現世で苦労したんだ。せめてあっち(異世界)では、何の苦労もなく、思い通りに世界を救って、最高の快感を味わってもらいたいだろ?」
アオキャルさんは優しく微笑んだ。その瞳は、死者を慈しんでいるようにも見えた。
「僕たちがさー。一人の転生者を送り出す。そして転生者がその世界で自身の役割に気付き、その世界における『正解』を出す。そうしたら、僕らは手元にある完了報告を入力して提出する。これだけ。簡単でしょ?」
私は圧倒された。
目の前のモニターでは、今まさに一人の少女が光に包まれ、中世ファンタジー風の世界へと旅立っていくところだった。
『救世主を、作る仕事……』
私は背筋が伸びる思いだった。
これから自分が関わるすべての魂を、幸せにできる。過酷な現世を終えた彼らに、最高の夢を見せてあげることができるのだ。
私は意気揚々と、目の前に現れた最初の「お客様」のデータに手を伸ばした。




