婚約を破棄しよう。顔と家格と深い教養と性格の良さしか取り柄のない女など……あれ?欠点なくない?
僕の名前はミハエル・フォン・シューマッハ。
この国の第一皇子だ。
そして本日、王立アカデミーの学生が集まるパーティーにて一つ重大な宣言をしようと思っている。
それは、ルイズ・フォン・ハミルトン公爵令嬢との婚約を破棄するというものだ。
とは言っても、ルイズに過失があるとか政治的なアレコレとか、そう言う理由ではない。ただ単に、僕に大好きな人が出来てしまったからである。
それが、今隣にいて僕に楽しげな笑顔をむけてくる女性、ヨコハ・マタイヤだ。
ヨコハは平民だったが、聖女の力に目覚めて昨年から王立アカデミーに編入してきた。平民と貴族では常識が違うのか、はじめは『うわぁ奇行が目立つ子だなぁ……』と冷めた目で見ていたんだけど、段々とユニークな子だなぁと思うようになった。僕の周囲もまた、そんな彼女を段々と受け入れていく。
それである日、差し入れのクッキーを食べてみた時ビビーンときたんだ。彼女こそ僕の運命の相手だと。
そんな感情を優先して王族が婚約破棄なんて……と眉を顰める人もいるだろう。でも、逆に問いたい。利害関係だけで結ばれた王と王妃が、苦しい時に同じ方向を向いて頑張る事が出来るだろうか?
結婚後の不仲、禁断の愛や痴情のもつれで廃れたり滅んだ国だっていっぱいあるのだ。
最後に勝つのは愛だと思う。
そんな熱い思いを両親に伝えると『ずっと優等生だったお前がそこまで言うなら……でも、ルイズ嬢に非がないことを明言してお前がきちんと泥を被るんだぞ、あと色々大変になるけどそれは覚悟して死ぬ気で頑張れよ』と渋々ながら了承された。
というわけで
「皆、聞いてくれ!」
僕の言葉に衆目が集まる。
「僕は今日、婚約者のルイズ・フォン・ハミルトンに伝えることがあるんだ。皆には証人になって欲しい」
こうなるともう止まれない。止まる気もない。
流れとしてはまず彼女のいいところを褒めて、でも僕はヨコハを愛してしまったことを伝えて、自己都合により婚約破棄する旨を伝える感じだ。
「ルイズ、君は美しい。名家の令嬢に相応しい深い教養があるし、性格だって良い」
「まあ……!」
冒頭の下りに、ルイズは両手を口の前で合わせて頬を赤くする。そんな表情も可愛い……ああ、悲しませたくないなぁ……って違う違う!今から婚約破棄するんだよ僕は、決心を鈍らせてどうする!
初志貫徹するため、口ではさらに彼女のことを褒めつつ心の中であえて欠点を探す。王族秘伝の外交スキルをこんなところで使う卑怯者でごめん!
……ってあれ?欠点、なくない?
い、いや、流石に何かあるはずだ。
あ、そうだヨコハから差し入れのクッキーをもらった時は『王族が毒味もせず召し上がってはなりませんよ』とか嫉妬してたな。そんなところも可愛くて……って違う違う!
アレ?でもそれって冷静に考えると至極当然の忠告だよな。毒以外にも、媚薬や惚れ薬を盛られる可能性だってあるんだし……なんであの時僕は、長年の付き合いがあって信頼している、愛するルイズの忠告をきかなかったんだ?
ん……愛する、ルイズ?
あれ、あれれ?いや、ぼくが好きなのは……
そう思いながら、隣にいるヨコハ・マタイヤをチラリ見て……ぞっとした。
今日、婚約破棄することをヨコハには伝えていない。なのにルイズを祝福するという風でもなく、しかしどこか自信満々に微笑んでいる。
王族としての直感が、警鐘を鳴らす。
何か裏があるんじゃないか、内心で何を考えているのか――そんな勘繰りをしてしまう、不穏な笑みだった。
「……という訳で、いつもありがとうルイズ。これからもよろしくね」
「はい。ふつつかな婚約者ではございますが、こちらこそよろしくお願いいたします」
結局、ルイズへの愛の告白みたいになっちゃったな……でも、こうやって日頃の感謝を伝えることって今までなかったから結果オーライだったかもしれない。周囲も祝福してくれてるし、赤面笑顔のルイズも超可愛いし。
しかし、何故僕はこんな素晴らしい女性との婚約破棄なんて愚行を考えていたんだろうか?そして、笑顔に不穏なものを感じた今でも、何故ヨコハ・マタイヤ嬢への好意が消えないんだろう……
そんな思いで再びヨコハ・マタイヤ嬢の方をチラリと見ると『えっ?なんで!?!?』と何かの策が不発に終わり焦った様な顔をしていた。
……もしかして、本当にクッキーに一服盛られたりとかしてないよな?ちょっと彼女とは距離をとって、色々と調べて貰おう。
***
この世界には時々、生まれつきに凄い能力を持った者が生まれる。そしてそれが人に役立つ力なら『神子』と祝福される一方、そうでない力は『呪子』と言われ忌避されてしまう。
かつては『誰からも嫌われる』なんていう呪子もいて、世界を怨んだ末に『災厄の魔女』と呼ばれる存在となったそうだ。可哀想に……
「で、結局クッキーの残りからは何も検出されず嫌疑不十分となったんだ。でも、彼女自身は聖女としての力の他に『災厄の魔女』とは真逆の『会うだけで男性からの好感度があがる』という特異体質もあわせ持っていたことが分かった」
それが、今回の件の顛末だった。僕の恋心は、接触回数の多さに由来する神子の能力の影響だったという結論に落ち着いたわけだ。
「まあ凄い、二つ以上の特性を持つ『神子』なんて史上初ですね。使い方次第で、我が国にとってとてもありがたい存在になってくれそうです」
「うん、ルイズのいう通りだ」
ヨコハ嬢は今、聖女の修行として寒中で滝に打たれたり断食したりする傍ら、緊張状態にある隣国との外交にも参加してもらっている。
教師にビシビシ仕込まれた彼女、基本的なマナーさえ出来ていればその場にいるだけで隣国大使と勝手に仲良くなっていく超強力なカードだ。本人も『厳しく不毛な聖女修行よりはこっちの方が……』と比較的前向きらしい。
まあ、続けてはもらうんだけどね聖女修行。
聖女誕生とセットで起きるといわれている『世界を揺るがす災厄』なるものは何故か全然起こる気配がないんだけど、そのために特待生で王立アカデミーに編入してもらったわけだし。
そうそう、ちなみに婚約破棄しようとしていた件については東洋から伝来したナンバーワン謝罪スタイル、『全力ダッシュからのドゲネ』でごめんなさいしつつ全部白状した。
まあ、未遂ですし嬉しい言葉も貰いましたから……と許してくれたルイズは本当にいい女がすぎる。このご恩は一生忘れません。
「しかし、本当にルイズは素敵すぎるな。欠点も全く無いようだし……」
「あら、私にも欠点くらいありますわ。貴方のことが大好きすぎて、ついつい嫉妬深くなってしまうところとか、怒ると見境がなくなってしまうところとか……」
本当かなぁ?全然そうは見えないけど。
「次期王妃として、『負の感情を表にだしすぎるのは良くない』と教育されてきましたからね。でも、ミハエル様にだけはいいますが、私も内心はそんなに綺麗な女じゃないんですよ。もし婚約破棄されていたら、それこそ我が身を触媒に災厄魔女を復活させるくらいしていたかも……」
はっはっは、ルイズは冗談のセンスまであるんだなぁ。それと安心してくれ、これからキチンと行動で信頼を勝ち取っていくから。
固く心に誓おう。
愛するルイズのことを悲しませるような真似は、今後何があっても絶対にしないと。




