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誰かに必要とされる理由を、僕はまだ知らない  作者: 優未緋


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8/20

8


 土曜日の駅前は、思ったより騒がしかった。


 家族連れ。

 友達同士。

 そして、手を繋いだカップル。


 布上朔は、その流れの端に立っている。


(……場違いじゃないよな)


 服装は無難。

 派手じゃない。

 でも、だらしなくもない。


 いつもと変わらないはずなのに、

 胸の奥が落ち着かない。


 時計を見る。


 集合時間まで、あと三分。


 その時だった。


「……先輩」


 後ろから聞こえた声に、

 朔は反射的に振り向く。


 そこにいたのは――

 針瀬悠。


 私服姿。


 制服の時よりも少し柔らかい印象で、

 でも、視線はいつも通り真っ直ぐだった。


「……おはよう」

「おはようございます」


 悠はそう言って、

 一歩、近づく。


 距離が、近い。


 それだけで、朔の心拍が一段上がる。


「……待たせたか?」

「いいえ。私も、ちょうどです」


 それは嘘じゃない。

 でも、悠は少し早く来ていた。


 約束の日。

 遅れたくなかった。


 それだけ。


 悠は、じっと朔を見上げる。


「……先輩」

「ん?」

「今日は」


 一拍。


「一緒にいられる日、ですよね」


「……そうだな」


 それだけで、

 悠の表情がはっきりと緩む。


 そして、ためらいなく――

 朔の腕に、抱きついた。


「……っ!?」


 朔の体が、一瞬で固まる。


「ゆ、悠!?」

「はい」


 悠は顔を上げて、まっすぐ言う。


「今日は、触ってもいい日だと思ったので」


 理屈が、強すぎる。


「……誰が決めたんだ」

「私です」

「即決か」

「はい」


 朔の脳が追いつかない。


 人目。

 距離。

 心臓。


 全部が一気に主張してくる。


「……嫌ですか?」


 真正面からの問い。


 逃げ道は、ない。


「……嫌じゃない」

「……よかったです」


 悠はそう言って、

 少しだけ力を込めた。


 ぎゅ、と。


 腕に伝わる体温。


 近い。

 近すぎる。


「先輩、あったかいですね」

「……暑くないか」

「全然です」

「……そうか」


 朔は、どうしていいか分からず、

 とりあえず動かないことを選んだ。


(……これが、デート)


 頭が、ようやく現実を認識する。



 歩き出しても、

 悠は腕を離さなかった。


 並んで歩くというより、

 寄り添っている。


「……離れなくていいのか」

「今日は、離れない予定です」

「予定って……」

「楽しみにしてたので」


 即答。


 心臓に、砂糖を直接流し込まれる感覚。


 店を覗くたび、

 悠は朔の袖を引く。


「先輩、あれ可愛いです」

「……そうだな」

「一緒に見るの、楽しいです」

「……そうか」


 言葉の一つ一つが、

 まっすぐで、飾りがない。


 なのに、

 重い。


 雑貨屋の前で立ち止まる。


「……先輩」

「ん?」

「今日、私、嬉しいです」

「……まだ始まったばかりだろ」

「始まった時点で、嬉しいです」


 そう言って、

 悠は少しだけ身を寄せる。


 肩が、当たる。


「……近いな」

「はい」

「……離れないのか」

「はい」


 迷いがない。


 朔は、軽く息を吐いた。


「……参ったな」

「降参ですか?」

「……たぶん」

「よかったです」


 悠は微笑んだ。


 その笑顔は、

 勝ち誇っていない。


 ただ、嬉しそうだった。



 クレープ屋の前。


「先輩、これ食べたいです」

「……甘すぎないか」

「甘いの、好きです」

「……俺も、嫌いじゃない」


 並んで注文する。


 受け取ったクレープを、

 ベンチに座って食べる。


「……先輩」

「なんだ」

「こっち、クリーム多いです」

「……ほんとだな」

「交換します?」

「いいのか」

「はい」


 自然な流れで、

 クレープを差し出す。


 指が、触れる。


 一瞬。


 それだけで、

 朔の心臓が跳ねる。


「……悠」

「はい?」

「……わざとか」

「……少し」


 正直。


 悠は、悪びれない。


「先輩がドキドキしてるの、分かるので」

「……分かるな」

「はい」


 悠は、少しだけ声を落とす。


「……嬉しいです」


 その言い方が、

 朔の胸を締め付ける。


「……俺は」

 一拍。

「……どうしたらいい」

「一緒にいてくれたら、それで」


 即答。


 条件が、低すぎる。


「……それだけでいいのか」

「それ以上は、これからでいいです」


 その“これから”が、

 はっきり未来を含んでいて。


 朔は、何も言えなくなる。



 食べ終わった後、

 悠は少しだけ間を置いてから言った。


「……先輩」

「ん」

「今日、デートですよね」

「……そう、だな」

「じゃあ」


 悠は、ほんの一瞬だけ、

 朔に抱きついた。


 本当に、一瞬。


「……ありがとうです」


「……なんで礼を言う」

「一緒に来てくれたので」

「……当たり前だろ」


 そう言いながら、

 朔は逃げなかった。


 その背中に、

 そっと手を置く。


 悠の体が、わずかに震える。


「……先輩」

「ん」

「今、すごく幸せです」


 それは、

 確信に近い声だった。


 朔は、少しだけ迷ってから言う。


「……そうか」


 それ以上、言えない。


 でも、

 その一言で十分だと、

 悠は分かっていた。


 二人は、まだ知らない。


 この時間が、

 どれだけ貴重か。


 まだ、

 誰も来ていない。


 侵略も、

 混乱も、

 この先。


 今はただ、

 二人きり。


 砂糖みたいな時間が、

 静かに流れていた。

____________


任せて。

ここからは 壊すけど、壊しきらない。

二人の距離はもう戻らない状態で、

**周囲がなだれ込んでくる「侵略」**を、ドタバタとニヤニヤで描く。


――では行くよ。



第八話


誰かに必要とされる理由を、僕はまだ知らない


後半(侵略デート回/砂糖は止まらない)


 二人で歩く時間は、思っていたよりも早く過ぎた。


 クレープを食べ終わり、

 雑貨屋をひと通り見て、

 気づけば昼を少し回っている。


 悠は、相変わらず朔の腕に軽く触れたまま歩いていた。


 離れない。

 でも、さっきほど強く抱きつきもしない。


 ――絶妙。


「……次、どこ行く」

 朔が聞く。


「先輩の行きたいところで」

「……俺、こういうの詳しくないぞ」

「知ってます」

「即答だな」

「でも」


 悠は少しだけ視線を上げる。


「一緒に考えるの、楽しいです」

「……そうか」


 その一言で、

 朔は「じゃあ」と歩き出した。


 ゲームセンター。


 音と光が溢れる場所。


「……うるさくないか」

「平気です。先輩の声、聞こえますし」

「近いからだろ」

「はい」


 また即答。


 クレーンゲームの前で立ち止まる。


「……取れそうか?」

「先輩、得意ですよね」

「なんで知ってる」

「湊先輩が言ってました」

「余計なことを……」


 朔がコインを入れ、

 アームを動かす。


 真剣な横顔。


 悠は、それをじっと見ていた。


「……先輩」

「今は話しかけるな」

「はい」


 集中。


 アームが下りて、

 景品が少しだけ動く。


「……惜しい」

「もう一回やるか」

「はい」


 二回目。


 今度は、しっかり掴んだ。


 ぬいぐるみが、落ちる。


「……取れた」

「すごいです」


 悠は素直に拍手する。


「先輩、かっこいいですね」

「……それは言い過ぎだ」

「事実です」


 朔はぬいぐるみを差し出す。


「……いるか」

「いいんですか」

「取ったし」

「……大事にします」


 悠はぬいぐるみを抱きしめて、

 一瞬だけ目を伏せた。


「……先輩」

「ん」

「今日、思ってたよりずっと……」

 一拍。

「幸せです」


 言葉に、重みがある。


 朔は、どう返していいか分からず、

 頭をかいた。


「……それは、よかった」


 その瞬間。


「……は?」


 背後から、聞き覚えのある声がした。


 朔が振り返る。


 そこにいたのは――

 釘宮遥。


 買い物袋を片手に、

 完全に固まっている。


「……なに、これ」


 視線が、

 悠の腕、

 朔との距離、

 ぬいぐるみへと移る。


「……朔」

「……遥」


 一瞬の沈黙。


 悠は、ゆっくりと朔から一歩だけ離れた。


 でも、距離は保たれている。


「こんにちは、釘宮先輩」

「……こんにちは、じゃない」


 遥の声が、低い。


「なにしてんの」

「デートです」

 悠は、はっきり言った。


 遥の眉が、ぴくりと動く。


「……は?」

「朔先輩と」

「……聞いてない」


 朔が口を開く。


「……言ってない」

「でしょ」

「……悪い」


 遥は、深く息を吸って――

 吐いた。


「……もういい」


 そう言いながら、

 視線を逸らす。


「どうせ、そういう日だと思ってたし」

「……え?」

「察するくらい、幼馴染なめないで」


 その瞬間。


「やっぱりここだった」


 さらに声が増える。


 振り向くと、

 槌見碧と糸井湊。


 完全に揃った。


「偶然?」

 朔が聞く。


「偶然だよ」

 湊が即答する。

「たまたま週末で、たまたま駅前で」

「……絶対嘘だろ」

「細かいこと気にすんなって」


 碧は、状況を一瞬で把握した。


 そして、静かに微笑む。


「こんにちは」

「……こんにちは」


 空気が、一気に賑やかになる。


「いやー」

 湊が楽しそうに言う。

「これは完全にデートだね」

「はい」

 悠は否定しない。

「そうですね」


 遥が頭を抱える。


「……強すぎ」

「何が」

「一年生のくせに」


 悠は首を傾げる。


「好きなだけです」

「それが一番厄介なの!」


 碧が一歩前に出る。


「ね」

「なに」

「せっかくだし、みんなで少し遊ばない?」

「……は?」


 朔が素で驚く。


「デート中なんだけど」

「知ってるよ」

 碧は穏やかに言う。

「でも、もう侵略されてる」


 湊が笑う。


「抵抗は無意味だな」

「……お前、楽しんでるだろ」

「もちろん」


 遥は少し考えてから、

 肩をすくめた。


「……仕方ないでしょ」

「え?」

「ここまで来たら、みんなで行く」

「……いいのか」

「いいわけないけど」

 一拍。

「逃げるのも癪だし」


 悠は、朔の袖を軽く引く。


「……先輩」

「ん」

「一緒にいられますよね」

「……いるけど」


 その返事で、

 悠は満足そうに頷いた。



 結局、

 五人で回ることになった。


 プリクラ。


「え、撮るの!?」

「撮るでしょ」

 湊。

「記念だし」

「なにの記念だよ……」


 悠は、迷いなく朔の隣に立つ。


 距離が、近い。


「……寄りすぎ」

 遥。

「仕様です」

 悠。

「仕様じゃない!」


 シャッター。


 光。


 笑い声。


 ゲームセンターを出る頃には、

 夕方になっていた。


 駅前で、自然と足が止まる。


「……じゃあ」

 湊が言う。

「そろそろ解散かな」

「そうだね」


 碧が頷く。


 遥は少しだけ黙ってから、

 朔を見る。


「……ちゃんと帰れよ」

「お前もな」


 それだけ。


 碧は、悠に視線を向ける。


「……楽しかった?」

「はい」

 悠は即答する。

「すごく」


 それを聞いて、

 碧は安心したように微笑んだ。


 人が散っていく。


 最後に残ったのは、

 朔と悠。


 少しだけ、気まずい沈黙。


「……デート、じゃなくなったな」

「はい」


 悠は、少しだけ考えてから言う。


「でも」

 一拍。

「一緒にいられました」


 そして、

 人目の少ない位置で、

 そっと抱きつく。


 今度は、長め。


「……好きです」


 朔は、逃げなかった。


 背中に、ゆっくり手を置く。


「……分かった」


 それだけ。


 それで、十分。


 侵略されたデートは、

 予定通りには進まなかった。


 でも――

 距離だけは、確実に縮んでいた。


 それを、

 誰も否定できなかった。


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