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誰かに必要とされる理由を、僕はまだ知らない  作者: 優未緋


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4/22

4


 朝のホームは、昨日より少しだけ騒がしかった。


 理由は分かっている。


 昨日の放課後――

 翠が来て、悠が爆発して、僕が「必要だよ」なんて言ってしまったから。


 言ってしまった、という表現が正しいと思う。


 だって、あれは計算じゃなかった。

 司令塔でもなかった。

 ただ、口から出た。


 そういう言葉は、後から効いてくる。


「……朔」


 釘宮遥の声で、現実に引き戻される。


 今日も腕を組んで立っている。

 今日もショートボブが揺れている。

 そして今日も――距離が近い。


「白線」

「……出てない」

「出てる」

「出てない」

「出てる」


 判決、即。


 僕が一歩下がると、遥はそれでも納得せず、僕の袖を掴んだ。


「……今日は強いな」

 僕が言うと、

「当たり前」

 遥は即答する。

「何が」

「今日は、試合の話が出る日でしょ」

「……出る、かも」

「出る」

「断定」

「断定」


 遥の“断定”は、だいたい当たる。


 後ろから軽い声。


「おはよー、朝から圧がすごいね」


 糸井湊。

 今日も爽やか。

 今日も余裕。


「おはよう」

「おは」

 遥。

「二人とも、昨日の余韻すごいね」

「余韻?」

 僕。

「余韻」

 遥。

「余韻だよ」

 湊。


 湊が僕の顔を覗き込む。


「朔、昨日“必要だよ”って言ったらしいね」

「……言った」

「言ったんだ」

「言った」

「へえ」

「何その反応」

「いやぁ、進展」


 遥の手に、ぐっと力が入った。


「……進展じゃない」

「え?」

 湊。

「進展じゃない」

「進展だよ」

「進展じゃない」

「進展」


 この人たち、同じ単語で戦うの好きすぎる。


 電車が来る。


 人に押されて、いつもの位置へ。


 揺れ。


 遥の背中が近い。

 袖の感触が、昨日より熱い。


 湊が小声で言った。


「今日、部活で“出すかどうか”決めるでしょ」

「……部長次第」

「部長は“司令塔次第”って言うよ」

「……言いそう」

「でしょ」


 僕は返事をしない。


 頭の中で、昨日のプレイが再生される。


 悠の動き。

 凛の反応。

 盤面。

 勝ち筋。


 ――出せる。


 条件付きなら。


 でもそれを口に出すと、何かが動く。


 ラブコメ的にも、部活的にも。


「……朔」

 遥がぼそっと言う。

「何」

「出すなら、ちゃんと見ろ」

「……見る」

「最後まで」

「……見る」

「目逸らすな」

「……逸らさない」


 遥はそれ以上言わなかった。

 それが、逆に重い。



 教室に入ると、もう一人の“圧”が待っていた。


「朔くん」


 槌見碧。

 今日はいつもより早い。


「おはよう」

「おはよう」

「昨日、ちゃんと寝た?」

「……寝た」

「何時間」

「……五」

「少ない」


 即、鞄が開く。


「水」

「ありがとう」

「糖分」

「……ありがとう」

「栄養」

「……ありがとう」


 全部、いつものセット。


 でも今日は、そこに一つ増えた。


「これ」

 小さなチョコバー。

「……なに」

「試合前用」

「まだ試合決まってない」

「決まる前から準備するのが大事」


 碧の“準備”は早い。


 湊が横で笑う。


「碧、もう公式戦みたいな顔してる」

「違うよ」

「違わない」

「違う」

「違わない」


 碧は僕を見る。


「悠ちゃん、出るの?」

「……まだ」

「まだ、か」


 その“まだ”を、碧はちゃんと受け取った。


「出るなら、無理させないでね」

「……分かってる」

「朔くんが“分かってる”は信用できる」

「ひどい」

「正確」


 正確って言われると反論しづらい。


「あと」

 碧は少し声を落とす。

「昨日、“必要だよ”って言ったって聞いた」

「……聞くの早い」

「遥ちゃんから」

「……あの人」

「ふふ」


 碧は笑った。


「朔くん」

「なに」

「それ、悪いことじゃないよ」

「……分かってる」

「分かってない顔」

「……」


 碧はそれ以上踏み込まない。


 踏み込まないのが、碧の怖いところだ。



 昼休み。


 校内は、相変わらずざわついている。


「eスポーツ部、一年生強いらしい」

「女子で?」

「女子」

「やば」

「やば」


 噂は尾ひれが付く。


 でも、全部が嘘じゃない。


 部室の前では、すでに桜先輩が騒いでいた。


「ねえねえ! 今日さ! 練習試合の話出るよね!?」

「落ち着け」

 条鋼蓮先輩。

「落ち着いてる!」

「落ち着いてない」

「落ち着いてる!」


 穂村斎が苦笑する。


「もう出す前提じゃないですか」

「だって強いもん!」

「早いって!」

「早くない!」

「早い!」


 貝塚樹先輩が淡々と付け足す。


「……データ的には、即戦力」

「ほら!」

 桜先輩。

「出たデータ!」

「データが正義」

「正義多すぎ!」


 知世先生は、相変わらず少し離れたところで缶コーヒー。


「揉めてる?」

「揉めてます」

 斎。

「いいね、青春」

「先生、雑」


 僕はその一歩後ろで、全体を見ていた。


 ここで僕が言う一言が、流れを決める。


 でも、まだ言わない。


 今日は“溜め”の日だ。


 そして――


「おはようございます!」


 元気な声。


 針瀬悠。


「……おはよう」

 僕。

「先輩」

 悠が近づく。

「昨日の練習、すごく楽しかったです」

「……それは、よかった」

「今日もありますか」

「ある」

「よかった」


 凛も一歩遅れて頭を下げる。


「……おはようございます」

「おはよう」

 僕。

「昨日、ありがとうございました」

「こちらこそ」


 悠は、いつも通り距離が近い。


 でも今日は、昨日より少しだけ“抑えてる”。


 ――学習してる。


 それが分かってしまうのが、ちょっと怖い。


 桜先輩が即絡む。


「悠ちゃん! 今日も元気!」

「はい」

「凛ちゃんも!」

「……はい」


 蓮先輩が手を上げる。


「今日は“話す日”だ。練習は軽め」

「えー!?」

 桜先輩。

「えーじゃない」

「えー!」


 部室に入る。


 椅子が並べられる。


 “会議”の配置。


 これは本気のやつだ。


 蓮先輩が落ち着いて言う。


「練習試合が一件来ている。来週」

「来週!?」

 斎。

「早くないですか!?」

「早いが、相手は同レベル」

「なら出しやすい」

 桜先輩。

「出す前提で話すな」

 斎。


 蓮先輩が僕を見る。


「布上」

「はい」

「司令塔として、どう見る」


 ――来た。


 部室の空気が、静かになる。


 悠が、凛が、桜先輩が、斎が、全員が僕を見る。


 僕は、ゆっくり息を吸った。


「……出せます」

 一拍置いて、

「条件付きで」


 ざわっとする。


「条件?」

 蓮先輩。

「はい」


 僕は悠を見る。


「無理に前に出ない」

「はい」

「指示がない時は、一歩引く」

「はい」

「怖くなったら、声を出す」

「……はい」


 悠は全部、即答した。


 その即答が、信頼できる。


「守れますか」

 僕が聞くと、

「守ります」

 悠は真っ直ぐ答えた。

「先輩の条件、好きです」


 ――来た。


 斎が机に突っ伏す。


「うわ……」

「うわじゃない」

 湊。

「うわだよ」

「うわだな」

 貝塚先輩。


 桜先輩が手を合わせる。


「尊い……」

「尊い言うな」

 斎。


 僕は、少しだけ視線を逸らした。


「……条件だから」

「はい」

「守れなかったら、すぐ下げる」

「はい」


 悠はそれでも笑った。


「それでも、出たいです」

「……理由は」

「先輩の指示で、戦いたいからです」


 ――また、それだ。


 胸の奥が、嫌な音を立てる。


 でも。


 蓮先輩が、穏やかに頷いた。


「よし。条件付きで出す」

「やった!」

 桜先輩。

「決まった……」

 斎。


 知世先生が缶コーヒーを揺らす。


「じゃ、動画撮っときな。後で見返すの大事」

「了解です」

 僕。


 会議は終わった。


 でも、物語は始まったばかりだ。


 悠が、凛が、僕を見る。


「先輩」

 悠。

「……なに」

「頑張ります」


 それだけ。


 それだけなのに、

 “好き”より重い。


 ――これは、試合前の空気だ。


_________________


 会議が終わった瞬間、部室の空気が少しだけ軽くなった。


 でも、それは“楽になった”んじゃない。

 決まったからだ。


 決まった以上、あとはやるだけ。


 桜先輩が手を叩く。


「よーし! 来週! 練習試合! 悠ちゃん初陣! 盛り上がってまいりましたぁー!」

「盛り上がりすぎるな」

 斎が即ツッコミ。

「盛り上がるだろ!」

「盛り上がるけど! 心臓に悪い!」

「それ青春!」

「青春便利すぎ!」


 貝塚先輩が淡々と端末を眺めながら言う。


「……練習量を調整する。出るなら、疲労は管理」

「さすがデータ」

 湊が言う。

「データは裏切らない」

「俺は裏切らないけど?」

「裏切る時ある」

「ない」

「ある」

「ない」

「ある」

「はいはい」

 蓮先輩が穏やかに切る。


 悠は、その会話の間も僕を見ていた。


 視線が刺さる、というより――

 “確認されてる”感じがする。


 条件を出した僕を、守るって言った自分を、確かめている。


「針瀬」

 蓮先輩が言う。

「今日は軽く動いたら帰れ。無理はしない」

「はい」

「条鋼も」

「……はい」


 凛は小さく頷いて、手元のメモを握り直した。

 握り直す癖がある。緊張するとそうなる。


 僕はその手元を見て、少しだけ安心する。

 緊張してるのに、逃げてない。


 知世先生が缶コーヒーを机に置く。


「来週の試合、相手どこ?」

「県内の私立。去年ベスト8のとこです」

 斎が答える。

「ふーん、強いじゃん」

「強いです」

 悠が即答した。

「強いのに、即答だね」

「勝ちたいです」

「素直」

「素直が正義です」

「また正義」

 凛が小声で突っ込む。

「正しいので」

「強い……」


 僕はヘッドセットを触った。


 来週。試合。


 あの場所で、悠が前に立つ。

 僕の指示を信じて前に立つ。


 ――怖い。


 でも、それは“嫌な怖さ”じゃない。

 責任の怖さだ。


 湊が僕の肩を軽く叩いた。


「朔、来週の朔、やばいよ」

「やばいって言うな」

「やばい」

「言うな」

「言う」


 湊は笑ってるのに、目が真面目だ。


「でもさ、朔」

 声を落とす。

「お前、こういう時、ちゃんとやるから安心」

「……」

「だから周りが集まるんだよ」


 核心を突きすぎない。

 でも、心臓に刺さる程度の言葉。


 僕は返事をしない。

 返事をすると、また何かが動きそうだった。



 そして来週。


 放課後、部室の空気はいつもより張っていた。


 練習試合とはいえ、試合は試合だ。

 普段の部室より、声が少ない。


 桜先輩ですら、うるささが半分くらい。


「今日はね! 今日はね!」

「桜、落ち着け」

「落ち着いてる! 半分!」

「半分でそれか」

「半分って偉くない!?」

「偉くない」

「えー!」


 斎が深呼吸している。


「よし……心臓落ち着け……」

「斎、落ち着け」

 蓮先輩。

「落ち着いてます! 落ち着いてるつもりです!」

「つもりは落ち着いてない」

「はい……」


 貝塚先輩が淡々と続ける。


「……相手の過去ログ、分析済み。初動、早い」

「早いんですね」

 悠が真顔で言う。

「早い。だから、針瀬が焦ると崩れる」

「焦りません」

「焦る」

「焦りません」

「焦る」

「焦りません」

「……」

 貝塚先輩が一瞬だけ黙って、短く言った。

「……良い」


 知世先生がふらっと入ってきて、スマホを掲げた。


「動画撮るよ。はい、全員、机に飲み物置くなよ」

「先生、珍しくやる気」

 桜先輩。

「勝つと乗るタイプだから」

「自分で言うな」

「言う」


 僕は端末の前に座る。


 ヘッドセット。

 マウス。

 キーボード。


 指を置いた瞬間、世界が一段階静かになる。


 ――スイッチ。


 頭の中の余計な音が消えていく。

 目の前の盤面だけが、はっきりする。


「朔」

 蓮先輩の声。

「いつも通りでいい。条件を守らせろ」

「……はい」


 悠が隣に座る。


 今日は、昨日みたいに“嬉しい”とか言わない。

 言わないけど、背筋がまっすぐで、手が少しだけ震えている。


 凛がその隣。

 唇を噛んで、目だけは前を向く。


 湊が軽く肩を回す。


「行くか」

「行く」

 僕が短く返す。


 桜先輩が明るく言う。


「勝つよ!」

「勝つ」

 僕。

「勝つ!」

 悠。


 斎が小さく言った。


「こわ……」

「怖がるな」

 湊。

「怖いよ!」

「怖いのは正常」


 蓮先輩が穏やかにまとめる。


「開始」



 試合が始まる。


 相手の初動は早かった。

 貝塚先輩の言う通り、最初から前に圧をかけてくる。


 悠が一瞬、前へ出そうとした。


「悠、浅く」

 僕は短く言う。

「はい」


 即座に止まる。

 止まれるタンクは強い。


 桜先輩が笑いながら突っ込む。


「相手、元気だねぇ!」

「元気って言うな」

 斎。

「元気だよ!」

「元気だけど! 圧が強い!」

「圧が強いのが楽しい!」

「やめろ!」


 でも、僕の耳には、雑音がほとんど入らない。


 視界が整理される。

 相手の位置。

 味方の位置。

 スキルの回転。

 射線。


「湊、右」

「了解」

「桜、合わせ」

「合わせる!」

「斎、後ろ見て」

「後ろ!? はい!」


 凛が少し遅れた。


「凛、焦らない」

「……はい」

「遅れていい。遅れ方を揃える」


 凛の呼吸が落ち着く。

 それが分かる。


 悠が前に立つ。

 立ったまま、視線だけで盤面を追う。


 “前に立ちながら見える人”は貴重だ。


 相手の奇襲が来る。


 早い。


 悠が反射で一歩出た。


「悠、下がれ」

「……っ」


 一瞬だけ、返事が遅れた。


 怖さだ。


 タンクは、怖くなった瞬間に足が止まる。

 止まると、その場で溶ける。


 ――危ない。


 僕は声を少しだけ強くする。


「悠。前。俺が見る」


 言った瞬間、悠の返事が戻った。


「はい」


 迷いが消える。


 悠は前に立つ。

 前に立ち直る。


 それだけで、味方の動きが戻る。

 湊が滑り込む。

 桜先輩が合わせる。

 斎が必死に支える。


 貝塚先輩の声が淡々と入る。


「……相手、主力のスキル切れ」

「今だ」

 僕は短く言う。

「反転、今」


 悠が前に出る。

 出すぎない。

 でも、逃げない。


 勝ち筋が通った。


 そのまま押し切る。


 ――一セット目、勝ち。


 桜先輩が叫ぶ。


「よっしゃぁ!!」

「叫ぶな!」

 斎が叫ぶ。

「叫ぶだろ!」

「叫ぶけど! 心臓が!!」

「心臓が青春!」

「青春やめろ!」


 ヘッドセット越しの声が、少しだけ温かい。


 でも、二セット目がある。


 相手は修正してくる。

 ここからが本番だ。



 二セット目。


 相手が“悠狙い”に切り替えた。


 タンクを落とせば崩れる。

 当然の判断。


 悠のHPが削られていく。

 削られる速度が早い。


「悠、引け」

「はい」


 引ける。

 でも、相手の追いがうまい。


 崩れかける。


 斎が焦った声を上げた。


「やばい、やばい、止まらない!」

「斎、声を低く」

 僕が言う。

「え、はい!」

「落ち着け。崩れたら、立て直す順番だけ考えろ」


 桜先輩が派手に声を出す。


「悠ちゃん、死ぬな!」

「死にません!」

 悠が返す。


 返す余裕がある。

 まだいける。


 でも、相手の奇襲がもう一度来る。


 悠が一瞬で溶けた。


 盤面がぐらつく。


 ――まずい。


 この瞬間に司令塔が迷うと、全部が終わる。


 だから、迷わない。


「全員、引く。五秒。捨てる」

「了解」

 湊。

「了解!」

 桜先輩。

「了解……!」

 斎。

「……了解」

 貝塚先輩。


 悠が復帰して戻ってくる。


「ごめんなさい」

 悠が言った。

「謝るな」

 僕は即答した。

「今は戻れ」


 その一言で、悠の呼吸が戻る。


 僕は続ける。


「悠、怖かったら言え。条件だ」

「……はい」


 悠ははっきり言った。


「怖かったです」


 言えた。


 その瞬間、僕の中で何かが少しだけ軽くなる。


 そして、僕は短く返す。


「大丈夫。見る」


 たった二語。


 でも、悠が笑ったのが分かった。


「……はい」


 それでいい。


 盤面を組み直す。

 勝ち筋はまだある。


 相手は欲張る。

 欲張った瞬間が弱い。


「相手、前出てる」

 貝塚先輩。

「うん。釣る」

 僕。


「悠、浅く前。釣って、引く」

「はい」

「湊、右から」

「了解」

「桜先輩、合わせて」

「合わせる!」

「斎、守れ。自分が死ぬな」

「それが一番難しい! はい!」


 悠が前に出て、引く。

 相手が追う。

 追った瞬間、湊が刺す。

 桜先輩が暴れる。

 斎が必死に支える。


 一気に形勢が戻る。


 ――二セット目、勝ち。


 勝った瞬間、部室に歓声が上がった。


 知世先生がスマホを掲げたまま言う。


「勝ったねー」

「先生、今だけテンションある」

 斎。

「勝つと乗るタイプだから」

「自分で言うな」


 蓮先輩が穏やかに言った。


「よくやった。針瀬、条件は守れたか」

「はい」

 悠が即答する。

「怖いって言えた」

「はい」

「そこが一番偉い」


 悠の目が、少しだけ揺れた。


 褒められるのに慣れてない揺れ。

 でも、それを受け取ろうとする揺れ。


 凛が小さく言った。


「……悠、偉い」

「凛も偉い」

 悠が返す。

「え」

「凛、焦らなかった」

「……」


 凛の耳が赤い。


 桜先輩が笑って近づく。


「悠ちゃん! 最高! 一回死んだけど最高!」

「死んでません」

「ゲーム的に死んだ!」

「死んでません」

「言い張るな! 可愛い!」

「可愛いって言うな」

 斎。

「言う!」

「言うな!」


 僕はヘッドセットを外す。


 世界が戻ってくる。

 でも、戻り方が遅い。


 まだ、胸がうるさい。


 悠が、僕の方を向いた。


「先輩」

「……なに」

「さっきの、“見る”」

「……うん」

「嬉しかったです」

「……」

「好きです」


 言うなって言えない。


 遥も碧も今日はここにいないのに、

 二人の圧が見えないところから刺さる気がするのは、たぶん気のせいじゃない。


 湊が僕の肩を叩く。


「朔、ナイス判断」

「……ありがとう」

「言えた」

「言えたな」

 貝塚先輩。

「えらい」

 知世先生。


 やめてほしい。

 褒めが集中すると固まる。


 蓮先輩が手を上げる。


「反省会。短くやる」

「はい」

 全員。


 反省会は淡々と進む。


 良かった点。

 悪かった点。

 次に直す点。


 ゲームの話なのに、なぜか胸が熱いのは、

 悠が“怖い”と言えたからだ。


 ――それが、たぶん。


 “必要”ってやつに近い。


 知世先生が最後に言った。


「今日はよくやった。で、提出物にするから動画共有ね」

「はい」

 蓮先輩。

「あと、校内で騒ぐなよ」

「騒いでない!」

 桜先輩。

「騒いでた」

「騒いでない!」

「騒いでた」

「……はい」


 先生がドアのところで振り返って、ゆるく言う。


「恋愛は校外でやれー」

「先生!」

 斎が叫ぶ。

「冗談」

「冗談に聞こえない!」

「冗談だってば」

「……はい」


 先生が出ていく。


 部室に残った空気が、ふわっと緩む。


 悠が小さく言った。


「……私、迷惑じゃなかったですか」

「迷惑じゃない」

 僕は即答した。

「助かった」

「……」

「また一緒にやろう」


 言った瞬間、自分の言葉に自分が驚いた。


 悠の目が一気に輝く。


「……好きです」

「だから言うなって」

 湊が笑う。

「言います」

「強い」

 桜先輩。

「無敵」

 凛。

「……無敵が正義」

「また正義」

 斎。


 僕は、もうどうしていいか分からない。


 でも。


 胸の奥が、少しだけ温かい。


 ――必要とされる理由。


 まだ分からない。


 でも、今日の試合の中で、

 ほんの一瞬だけ触れた気がした。


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