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決勝戦前夜
――疲弊の帰り道、零れる本音
準決勝が終わった直後から、時間の感覚が少しおかしくなっていた。
勝ったはずなのに、胸の奥に残っているのは高揚よりも重さだ。
身体のあちこちが、遅れて痛みを主張してくる。
夜の駅構内は、人が多いのに静かだった。
それぞれが、それぞれの一日を終わらせようとしている。
⸻
朔・遥・湊・翠・碧(電車)
電車に乗り込むと、全員ほぼ同時に息を吐いた。
「……暑」
湊がぼそっと言って、首元を緩める。
朔は返事をしなかった。
窓際に立ったまま、ガラスに映る自分の顔をぼんやり眺めている。
試合の場面が、何度も頭の中で再生される。
(あそこで、下げるべきだったか)
(いや、あれは……)
判断。
判断。
判断。
考えるのをやめたいのに、止まらない。
「……朔」
遥が名前を呼んだが、反応が遅れた。
「……ん?」
ようやく視線を向ける。
「……大丈夫?」
短い一言。
「……うん」
朔はそう答えたが、声に力はない。
それを見て、遥はそれ以上聞かなかった。
代わりに、碧が口を開く。
「今日の試合」
つり革を握ったまま、静かに言う。
「三回、判断が遅れた」
朔の肩が、わずかに揺れた。
「でも」
碧は続ける。
「全部、次の一手で修正してる」
遥が、すっと碧を見る。
「……幼馴染から言わせてもらうと」
遥は前を向いたまま言った。
「朔は、ああいう時ほど強い」
「知ってる」
碧は即答する。
「だから、評価してる」
一瞬、火花が散る。
「隣で見てきたのは私」
遥。
「一歩引いて見てきたのは私」
碧。
視線がぶつかりかけて――
「……二人とも」
翠が、あっけらかんと割って入った。
「今それやる?」
遥と碧が、同時に視線を逸らす。
「……やってない」
「……張り合ってない」
「はいはい」
翠は笑って、湊の腕にぎゅっと抱きついた。
「ねー、湊」
「……なに」
湊は苦笑する。
「疲れてるでしょ」
翠は、冗談抜きの声で言った。
「……まぁ」
湊は誤魔化そうとして、
「でも、大丈――」
「だめ」
翠は即座に言った。
「今日は無理しすぎ」
湊は言葉に詰まる。
「……ちゃんと、休んで」
翠は顔を上げて言う。
「決勝、全部見るから」
その真剣さに、湊は小さく笑った。
「……了解」
そのやり取りを横目で見ながら、
遥と碧は、再び朔を見る。
ぼーっとしている。
完全に、判断疲労の顔だ。
「……ほんとに」
遥が小さく言う。
「無理させすぎたね」
「ええ」
碧も頷く。
「明日まで、回復するとは思えない」
二人は同時に、朔を見る。
守りたい対象が、同じなのだと、
嫌でも分かってしまう夜だった。
⸻
凛・悠(同じ帰り道)
「……足、やば」
悠が言って、少し大げさに伸びをする。
「絶対、筋肉痛くるよね」
凛が苦笑する。
「くるくる」
悠は即答した。
「でもさ」
一拍。
「……楽しかった」
凛は少し驚いて、悠を見る。
「怖くなかった?」
「怖いよ」
悠はあっさり言った。
「めちゃくちゃ怖い」
「でも」
少しだけ声を落とす。
「信じてもらえるから、立てる」
凛は歩きながら、考える。
「……前線って」
ぽつりと言う。
「怖い役だね」
「うん」
悠は頷く。
「でも、司令塔はもっと怖い」
凛が息を吸う。
「……だよね」
少し間を置いて。
「だから」
悠は笑う。
「先輩、すごいんだよ」
凛は、その言葉を胸に刻む。
(……私も)
いつか、あの位置に。
「……決めた」
凛が言う。
「なにを?」
「司令塔になる」
悠は一瞬驚いてから、にっと笑った。
「じゃあ」
「前線は私ね」
二人は、疲れた身体で、
でも確かな未来を見て歩いていた。
⸻
蓮・桜・樹・斎・知世
駅前の夜道。
「……分析的には」
樹が淡々と話している。
「桜投入後も、完全優位ではなかった」
「相手、対策済みだったな」
斎が続ける。
「でしょ?」
桜はやけにテンションが高い。
「でも楽しかったー!」
蓮は、隣を歩きながら、何も言わない。
その時。
桜が、急に立ち止まった。
「……部長」
蓮も、足を止める。
「今日さ」
桜は、少し息を整えて。
「私、ずっとテンション高かったでしょ」
「……ああ」
「準決勝で」
桜は笑う。
「部長が“暴れてこい”って言った瞬間さ」
一拍。
「……全部、吹っ飛んだ」
蓮が、桜を見る。
「私ね」
桜は、視線を逸らしながら言った。
「ずっと好きだった」
夜の音が、遠のく。
樹と斎は、言葉を失った。
(……ついに来たか)
知世は、ほんの一瞬だけ目を細める。
「……あー」
小さく呟いた。
「青春してるねぇ」
蓮は、すぐには答えなかった。
逃げもしない。
誤魔化しもしない。
「……ありがとう」
それだけを、静かに言った。
桜は、それで十分だったように笑った。
⸻
大人の夜
家に戻ると、桜はベッドに倒れ込むように寝落ちした。
その寝顔を、知世は少しだけ眺める。
「……ばかだねぇ」
でも、声は優しい。
ベランダに出る。
缶ビール。
タバコ。
夜風。
「……告るなら、今だよねぇ」
独り言。
一息。
「勢いって、大事」
煙を吐いて、空を見る。
「……あんな青春してるならさ」
小さく笑う。
「決勝、勝ちなさいよ」
⸻
個別の夜
朔は、ベッドに横になっても眠れなかった。
遥は、隣を歩く覚悟を再確認する。
碧は、支えるという選択を選び直す。
湊は、翠に甘やかされながら、不安を吐く。
凛は、未来の自分を思い描く。
悠は、前線に立つ理由を胸に抱く。
桜は、後悔のない告白を思い返す。
蓮は、部長として、男として、答えを探す。
⸻
夜は、静かに更けていく。
明日は、決勝。
布上朔は、まだ知らない。
誰かに必要とされる理由を。
でも。
この夜が、
その答えに向かう一歩であることだけは、
確かだった。




