表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誰かに必要とされる理由を、僕はまだ知らない  作者: 優未緋


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/26

21


決勝戦前夜


――疲弊の帰り道、零れる本音


 準決勝が終わった直後から、時間の感覚が少しおかしくなっていた。


 勝ったはずなのに、胸の奥に残っているのは高揚よりも重さだ。

 身体のあちこちが、遅れて痛みを主張してくる。


 夜の駅構内は、人が多いのに静かだった。

 それぞれが、それぞれの一日を終わらせようとしている。



 朔・遥・湊・翠・碧(電車)


 電車に乗り込むと、全員ほぼ同時に息を吐いた。


「……暑」

 湊がぼそっと言って、首元を緩める。


 朔は返事をしなかった。


 窓際に立ったまま、ガラスに映る自分の顔をぼんやり眺めている。

 試合の場面が、何度も頭の中で再生される。


(あそこで、下げるべきだったか)

(いや、あれは……)


 判断。

 判断。

 判断。


 考えるのをやめたいのに、止まらない。


「……朔」


 遥が名前を呼んだが、反応が遅れた。


「……ん?」

 ようやく視線を向ける。


「……大丈夫?」

 短い一言。


「……うん」

 朔はそう答えたが、声に力はない。


 それを見て、遥はそれ以上聞かなかった。

 代わりに、碧が口を開く。


「今日の試合」

 つり革を握ったまま、静かに言う。

「三回、判断が遅れた」


 朔の肩が、わずかに揺れた。


「でも」

 碧は続ける。

「全部、次の一手で修正してる」


 遥が、すっと碧を見る。


「……幼馴染から言わせてもらうと」

 遥は前を向いたまま言った。

「朔は、ああいう時ほど強い」


「知ってる」

 碧は即答する。

「だから、評価してる」


 一瞬、火花が散る。


「隣で見てきたのは私」

 遥。


「一歩引いて見てきたのは私」

 碧。


 視線がぶつかりかけて――


「……二人とも」

 翠が、あっけらかんと割って入った。

「今それやる?」


 遥と碧が、同時に視線を逸らす。


「……やってない」

「……張り合ってない」


「はいはい」

 翠は笑って、湊の腕にぎゅっと抱きついた。

「ねー、湊」


「……なに」

 湊は苦笑する。


「疲れてるでしょ」

 翠は、冗談抜きの声で言った。


「……まぁ」

 湊は誤魔化そうとして、

「でも、大丈――」


「だめ」

 翠は即座に言った。

「今日は無理しすぎ」


 湊は言葉に詰まる。


「……ちゃんと、休んで」

 翠は顔を上げて言う。

「決勝、全部見るから」


 その真剣さに、湊は小さく笑った。


「……了解」


 そのやり取りを横目で見ながら、

 遥と碧は、再び朔を見る。


 ぼーっとしている。

 完全に、判断疲労の顔だ。


「……ほんとに」

 遥が小さく言う。

「無理させすぎたね」


「ええ」

 碧も頷く。

「明日まで、回復するとは思えない」


 二人は同時に、朔を見る。


 守りたい対象が、同じなのだと、

 嫌でも分かってしまう夜だった。



 凛・悠(同じ帰り道)


「……足、やば」

 悠が言って、少し大げさに伸びをする。


「絶対、筋肉痛くるよね」

 凛が苦笑する。


「くるくる」

 悠は即答した。

「でもさ」


 一拍。


「……楽しかった」


 凛は少し驚いて、悠を見る。


「怖くなかった?」

「怖いよ」

 悠はあっさり言った。

「めちゃくちゃ怖い」


「でも」

 少しだけ声を落とす。

「信じてもらえるから、立てる」


 凛は歩きながら、考える。


「……前線って」

 ぽつりと言う。

「怖い役だね」


「うん」

 悠は頷く。

「でも、司令塔はもっと怖い」


 凛が息を吸う。


「……だよね」


 少し間を置いて。


「だから」

 悠は笑う。

「先輩、すごいんだよ」


 凛は、その言葉を胸に刻む。


(……私も)


 いつか、あの位置に。


「……決めた」

 凛が言う。


「なにを?」

「司令塔になる」


 悠は一瞬驚いてから、にっと笑った。


「じゃあ」

「前線は私ね」


 二人は、疲れた身体で、

 でも確かな未来を見て歩いていた。



 蓮・桜・樹・斎・知世


 駅前の夜道。


「……分析的には」

 樹が淡々と話している。

「桜投入後も、完全優位ではなかった」


「相手、対策済みだったな」

 斎が続ける。


「でしょ?」

 桜はやけにテンションが高い。

「でも楽しかったー!」


 蓮は、隣を歩きながら、何も言わない。


 その時。


 桜が、急に立ち止まった。


「……部長」


 蓮も、足を止める。


「今日さ」

 桜は、少し息を整えて。

「私、ずっとテンション高かったでしょ」


「……ああ」


「準決勝で」

 桜は笑う。

「部長が“暴れてこい”って言った瞬間さ」


 一拍。


「……全部、吹っ飛んだ」


 蓮が、桜を見る。


「私ね」

 桜は、視線を逸らしながら言った。

「ずっと好きだった」


 夜の音が、遠のく。


 樹と斎は、言葉を失った。


(……ついに来たか)


 知世は、ほんの一瞬だけ目を細める。


「……あー」

 小さく呟いた。

「青春してるねぇ」


 蓮は、すぐには答えなかった。


 逃げもしない。

 誤魔化しもしない。


「……ありがとう」

 それだけを、静かに言った。


 桜は、それで十分だったように笑った。



大人の夜


 家に戻ると、桜はベッドに倒れ込むように寝落ちした。


 その寝顔を、知世は少しだけ眺める。


「……ばかだねぇ」


 でも、声は優しい。


 ベランダに出る。

 缶ビール。

 タバコ。

 夜風。


「……告るなら、今だよねぇ」

 独り言。


 一息。


「勢いって、大事」


 煙を吐いて、空を見る。


「……あんな青春してるならさ」

 小さく笑う。

「決勝、勝ちなさいよ」



個別の夜


 朔は、ベッドに横になっても眠れなかった。

 遥は、隣を歩く覚悟を再確認する。

 碧は、支えるという選択を選び直す。

 湊は、翠に甘やかされながら、不安を吐く。

 凛は、未来の自分を思い描く。

 悠は、前線に立つ理由を胸に抱く。

 桜は、後悔のない告白を思い返す。

 蓮は、部長として、男として、答えを探す。



 夜は、静かに更けていく。


 明日は、決勝。


 布上朔は、まだ知らない。

 誰かに必要とされる理由を。


 でも。


 この夜が、

 その答えに向かう一歩であることだけは、

 確かだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ