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準決勝/折れかけた円、それでも繋ぐ
準決勝。
その言葉だけで、会場の空気は重くなる。
ざわめきはある。
応援も聞こえる。
けれど、それら全部が「背景」に押し込められるほど、
張りつめた緊張が、選手席を包んでいた。
控室。
「……円陣、組もう」
条鋼蓮の声は、いつも通り穏やかだった。
だからこそ、全員が自然と集まる。
輪の中に並ぶのは――
蓮、桜、樹、斎、朔、湊、悠、凛。
学年も役割も関係ない。
今は一つのチームだ。
少し離れた壁際で、
神々知世が気だるそうにもたれている。
「……はいはい、青春してるところ悪いけど」
欠伸交じりに言う。
「時間、そろそろだからねー」
誰も文句は言わない。
この人は、いつもこうだ。
蓮は一度、全員を見渡した。
「相手は強い」
「準決勝まで来るチームだ。生半可じゃない」
一拍。
「だから」
声を落とす。
「今日は、楽な時間はない」
桜が肩をすくめる。
「えー、いきなり重たいんだけど」
「だろうな」
蓮は苦笑する。
「でも事実だ」
そして、視線が朔に向く。
「司令は布上」
「迷っていい」
「でも、決めろ」
朔は、息を吸って頷いた。
「……はい」
「前線は針瀬」
悠が、短く頷く。
「無理するな、とは言わない」
「でも、限界は伝えろ」
「……分かってます」
悠の声は、静かだった。
「切り札は……」
蓮の視線が、桜に向く。
桜は、にっと笑う。
「まだでしょ?」
「今日は、焦らす日でしょ?」
「そうだ」
蓮は即答した。
「今日は、我慢の日だ」
その外側で。
「……ふーん」
知世が、だるそうに呟く。
「我慢ねえ」
「まあ、若いってそういうことだよねー」
少しだけ、目を細める。
「でもさ」
「折れそうになったら」
一拍。
「ちゃんと、助け合いな」
それだけ言って、口を閉じた。
蓮が、最後に言う。
「……行こう」
「全員で」
円陣の中心に、手が重なる。
⸻
同じ頃。
観客席。
遥、碧、翠は、なぜか三人並んで座っていた。
「……静かだね」
遥が小さく言う。
「うん」
碧は前を見つめたまま答える。
「準決勝の空気」
「大丈夫かなー」
翠が落ち着きなく足を揺らす。
「湊も、悠ちゃんも……」
三人は、顔を見合わせる。
言葉はいらなかった。
「……やる?」
遥が言う。
「……やるか」
碧が頷く。
「え、なに?円陣?」
翠が笑う。
ぎこちなく、手を重ねる。
「……無事で」
遥。
「……信じてる」
碧。
「……勝ってこーい!」
翠。
誰にも見られていない。
でも、確かにそこにあった。
⸻
開始直後 ― 地獄の始まり
試合開始。
相手は、最初から全開だった。
「……速っ」
斎が息を呑む。
「判断が早すぎる」
樹が即座に分析する。
「悠、前!」
朔が叫ぶ。
「了解!」
悠が前に出る。
だが――
(……重い)
一発一発が、痛い。
今までの相手とは、圧が違う。
「……っ!」
耐える。
でも、削られる。
「悠、無理すんな!」
湊が叫ぶ。
「まだ、行ける!」
声は強気。
でも、足がわずかに遅れる。
(……くそ)
凛は、画面を食い入るように見ていた。
(……前線が、壊される)
司令塔は――
朔は、迷っていた。
(……下げる?)
(……でも、下げたら流れが)
一瞬の迷い。
相手は、逃さない。
「……っ!!」
先制を許す。
会場が、ざわついた。
⸻
中盤 ― 折れかける
「……まずい」
樹が低く言う。
「相手、完全に悠を削りに来てる」
斎も歯を食いしばる。
悠は、息を整えながら前に立つ。
(……大丈夫)
(先輩が、決めてくれる)
でも――
「……針瀬、限界近いだろ」
蓮が、静かに言った。
「……まだ」
悠は言い切る。
「まだ、行けます」
朔は、その背中を見つめる。
(……信じるって、なんだ)
下げたら、悠は守れる。
でも、今の構成は崩れる。
(……俺が、決めろ)
「……悠」
朔が言う。
「三十秒、耐えて」
「……分かりました」
短い返事。
その三十秒が、地獄だった。
相手の攻撃が、集中する。
悠は、歯を食いしばって耐える。
(……痛い)
(……でも)
(先輩が、見てる)
その直後。
朔の声が、飛ぶ。
「……今だ!」
全員が動く。
一矢報いる。
でも――
流れは、まだ相手だ。
⸻
切り札 ― それでも通じない
蓮が、静かに息を吐いた。
「……交代だ」
桜が、反応する。
「来た?」
「神々」
名字で呼ぶ。
「選手交代」
一拍。
「……桜」
名前で呼ぶ。
桜の顔が、一気に明るくなる。
「っしゃあああ!!」
「待ってました!!」
肩を回しながら、満面の笑み。
「部長、最高!!」
「暴れてくる!!」
「……暴れてこい」
蓮は、静かに言った。
朔が、頭を下げる。
「……桜先輩」
「お願いします」
「任せて!!」
桜は即答する。
「司令、信じてるから!」
――だが。
桜の一撃は、止められた。
「……読まれてる!?」
斎が叫ぶ。
「相手、桜対策してる」
樹が言う。
会場が、息を呑む。
桜は、歯を食いしばる。
(……通じない)
それでも、笑う。
「……楽しいじゃん」
もう一度、踏み込む。
⸻
終盤 ― 円は折れない
時間は、残りわずか。
スコアは、僅差。
悠は、ボロボロだった。
でも、下がらない。
「……まだ」
「私、立てます」
その声に、朔は迷わなかった。
「……行く」
「最後、全部賭ける」
桜が、にやっと笑う。
「いいね」
「そうこなくっちゃ」
蓮は、黙って頷いた。
知世が、だるそうに呟く。
「……ほんと」
「手のかかる子たち」
でも、目は真剣だ。
「……まあ」
「嫌いじゃないけど」
最後の攻防。
悠が受け止める。
桜が切り込む。
朔が叫ぶ。
「……今!!」
画面が、白く弾ける。
――逆転。
会場が、爆発する。
⸻
勝った。
誰もが、その場で息を吐いた。
凛は、涙が出そうになるのを必死で堪えていた。
(……司令塔って)
(……一人じゃ、無理なんだ)
円は、折れなかった。
折れかけても、
全員で支えた。
⸻
布上朔は、まだ知らない。
誰かに必要とされる理由を。
でも。
信じて耐えた前線があり、
暴れて応えた切り札があり、
見守って背中を押す大人がいて、
観客席でも、同じ円が組まれていた。
それだけで。
この勝利は、十分すぎるほどだった。




