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誰かに必要とされる理由を、僕はまだ知らない  作者: 優未緋


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2


 朝のホームは、昨日と同じ顔をしていた。


 同じ時刻。

 同じ電車。

 同じ白線。


 なのに、僕の中だけが、昨日と違う。


 理由は分からない。

 分からないけど、胸の奥に引っかかっているものがある。


 ポケットの中の感触。

 もう入っていないはずの紙切れの、残像みたいなもの。


「……朔」


 聞き慣れた声に、顔を上げる。


 釘宮遥が、腕を組んで立っていた。

 ショートボブの髪。鋭い目。

 いつも通りのはずなのに、今日は少しだけ機嫌が悪そうだ。


「白線、近い」

「……まだ大丈夫」

「大丈夫じゃない」

「出てないって」

「出てる」


 即断即決。

 今日も通常運転……のはずだ。


 でも、遥は一歩近づいてきて、僕の足元をじっと見た。


「……昨日さ」

「うん」

「部活、どうだった」


 珍しい。

 遥が、自分から聞いてくるのは。


「……勝った」

「ふうん」


 それだけ言って、遥は視線を逸らす。

 でも、足は動かない。


「……誰か、来てた?」

「誰か?」

「知らない人」


 その言い方が妙に曖昧で、少しだけ強い。


「……いや、いなかったと思う」

「“と思う”?」

「……見てた人は、いたかもしれない」


 遥が、ぴくっと反応した。


「……見てた?」

「廊下に」

「誰」

「分からない」


 分からない、と答えた瞬間、

 遥の眉が、ほんの少しだけ寄った。


「……ふうん」


 それ以上は聞いてこない。

 でも、納得していないのは丸わかりだ。


 そこに、聞き慣れた軽い声が割り込む。


「おはよー、朝から緊張感あるねぇ」


 糸井湊だった。

 茶髪ショート。今日も無駄に爽やか。


「おはよう」

「おは」

 遥は短く返す。


「朔、顔硬い」

「そう?」

「そう。昨日なんかあった?」

「……なんか、ってほどじゃ」

「ほら、そういう時点で“なんかあった”」


 湊は楽しそうだ。


「勧誘、今日からだよな」

「うん」

「楽しみだなぁ」

「湊が?」

「俺が」

「なんで」

「桜先輩が暴走するから」

「……それは、うん」


 三人で同時に頷いた。


 電車が来る。

 人の波に押されて乗り込む。


 車内は混雑していて、自然と距離が近くなる。


 遥が、無言で僕の袖を掴んだ。


「……はぐれるから」

「……うん」


 昨日と同じ。

 でも、昨日より少しだけ強く掴まれている気がする。


 湊がそれを見て、口元を押さえて笑う。


「はいはい、朝から甘い」

「甘くない」

 遥が即答。

「甘いって言うな」

「言う」

「言うな」


 遥が僕の袖を掴んだまま、前を向く。


「……今日、放課後」

「うん」

「碧、来るでしょ」

「来ると思う」

「……そう」


 その“そう”が、妙に低い。


 湊がスマホを確認して言った。


「翠から連絡来てた」

「……来るの?」

 遥が反応する。

「“行けたら行く”だって」

「来ないやつ」

「だよな」

「でも“放課後ワンチャン”らしい」

「ワンチャンも来ない」

「遥、辛辣」


 僕は話を聞きながら、なぜか落ち着かない。


 昨日の“見られていた”感覚が、まだ残っている。


 学校に着く。


 改札を抜けて、三人で並んで歩く。


「じゃ、朝練」

 遥が言う。

「がんばれー」

 湊が軽く手を振る。


 遥は一度だけ振り返って、僕を見た。


「……無理すんな」

「無理してない」

「無理してる顔」

「顔で判断するなって」

「する」


 それだけ言って、遥は走っていった。


 速い。

 背中がすぐに遠ざかる。


 湊が肩をすくめる。


「心配されてるね」

「……そうかな」

「そうだよ」

「……そっか」


 教室に入ると、すぐに声をかけられた。


「朔くん」


 槌見碧だ。

 ストレートロングの髪を揺らして、穏やかに微笑む。


「おはよう」

「おはよう」

「ちゃんと寝た?」

「……たぶん」

「たぶん、は寝てない」

「……少し」

「やっぱり」


 碧はすぐに鞄を漁り始める。


「はい、水」

「ありがとう」

「あと、これ」

「……飴?」

「喉にいいの」

「まだ声出してないけど」

「出すでしょ、今日」

「……うん」


 そこへ湊が割り込む。


「おはよ、過保護代表」

「過保護じゃない」

「過保護だよ」

「違うってば」


 碧はむっとしつつ、僕を見る。


「放課後、勧誘だよね」

「うん」

「終わったら連絡して」

「……なんで」

「ケアするから」

「ケア?」

「疲れたでしょ」


 まだ疲れていないのに、

 “疲れている前提”で話が進む。


「……ありがとう」

「どういたしまして」


 碧はにこっと笑う。

 その笑顔が、やけに眩しい。


 遥がいない分、碧の距離が近い。


 湊がそれを見て、ニヤニヤする。


「はいはい、朝から包囲網」

「包囲してない」

 碧。

「包囲されてない」

 僕。

「されてる」

 湊。


 授業が始まる。


 ノートを取りながらも、

 頭の片隅はずっと放課後に向いていた。


 ――新入生勧誘。


 昼休み。


 廊下が一気に騒がしくなる。


「来たよ来たよー!!」


 神々桜先輩の声が、校舎に響いた。


「eスポーツ部だよー!! 楽しいよー!! 強くなれるよー!!」


 でかい。

 声も動きもでかい。


「桜、声量を下げろ」

 条鋼蓮先輩が即座に制止する。

「下げてる! 半分!」

「半分でそれか」

「えへへ」


 穂村斎が頭を抱える。


「だから言ったじゃないですか……」

「楽しいじゃん」

 桜先輩。

「楽しいの基準がおかしい」

「斎くんは細かい!」

「常識人なだけ!」


 知世先生は少し離れたところで、缶コーヒー片手に言う。


「ルール守ってれば好きにやっていいよー」

「好きにやるなって意味ですからね、それ」

 斎。

「えー? そんなこと言ってないけど」

「言ってます」

「言ってない」

「言ってます」


 完全にいつもの光景だ。


 僕は一歩下がった位置で、その様子を見ていた。


 前に出る役割じゃない。

 説明係。質問対応。


 それが、自然な立ち位置。


 その時だった。


 ――視線を感じた。


 勧誘の輪の、少し外。

 人の流れから一歩引いたところ。


 そこに、一年生らしき二人組がいた。


 一人は、背が低めで、少し強気そうな雰囲気の女の子。

 ロングウルフの髪。

 視線が、真っ直ぐこちらを射抜いている。


 もう一人は、少し小柄で、控えめな女の子。

 ショートボブで、片目が隠れている。


 小柄な方が、もう一人の袖をきゅっと掴んでいる。


「……あの子」

 碧が小声で言った。

「見てるね」

「うん」

「朔くんのこと」


 なんで分かるんだろう。

 と思ったけど、否定できない。


 視線が、外れない。


 桜先輩が気づいて、手をぶんぶん振る。


「そこの一年生ー! 興味あるー!?」


 ロングウルフの女の子が、即座に一歩前に出た。


「あります」


 即答。

 迷いがない。


 その隣で、ショートボブの女の子が、びくっと肩を震わせる。


「え、悠……」

「大丈夫」


 その声が、はっきり聞こえた。


 ――悠。


 名前が落ちた瞬間、

 なぜか胸の奥が、かすかに鳴った。


 桜先輩が目を輝かせる。


「おおっ! 即答! 好きだよそういうの!」

「ちょっと落ち着け、桜」

 蓮先輩。

「じゃあ説明しようか」

「はい」


 その時、悠の視線が、こちらを向いた。


 真っ直ぐ。

 逸らさない。


 ……近い。


 距離じゃない。

 目の強さが、近い。


「えっと……」

 僕は一歩前に出る。

「説明します」


 悠の目が、ほんの少しだけ輝いた。


 その瞬間、

 なぜか背中に、複数の視線が刺さった気がした。


 遥はいない。

 でも、遥がここにいたら、絶対にこう言う。


「……近い」


 そんな気がした。


 ――第二話前半は、ここで止める。


 これ以上進めば、

 確実に爆発するからだ。


____________________


 視線が、真っ直ぐだった。


 逃げない。

 逸らさない。

 迷いもない。


 ロングウルフの一年生――悠は、僕を見たまま一歩近づいた。


「説明、お願いします」


 声も、はっきりしている。

 聞き返す必要がない。


「えっと……はい」

 僕は頷いて、手元の資料を示す。

「eスポーツ部は、基本的に――」


 言葉を選びながら話す。

 専門用語を避けて、噛み砕いて。


 いつも通り。

 ……のはずだった。


「役割は、五つに分かれてて」

「前に出る役、ありますか」

 悠が即座に聞いた。


 早い。

 質問が、具体的で、迷いがない。


「あります」

「それ、どんな役ですか」


 横で、穂村斎が小さく息を吸ったのが分かった。

 “分かってる質問だ”という顔。


「タンクって言って」

 僕は説明を続ける。

「前に立って、味方が動きやすくする役です」

「……前に立つ」

 悠が復唱する。


 その言い方が、少しだけ重い。


「守る、って言うより」

 僕は付け足した。

「“信じて前に立つ”感じです」


 その瞬間。


 悠の目が、はっきりと変わった。


 ――これだ。


 そう言っているような、目。


「それ、やりたい」

「……体力、使います」

「得意です」

「判断も必要です」

「勉強は苦手です」

「……」

「でも、判断は得意です」


 言い切る。

 間を置かない。


 横で桜先輩が、ぽかんとしている。


「え、なにこの子、即決力すごくない?」

「すごい」

 斎が即答する。

「速攻型だ」

 貝塚先輩が静かに言う。


 蓮先輩が一歩前に出た。


「名前は?」

「針瀬、悠です」

「一年か」

「はい」


 そのやり取りの間も、

 悠の視線は、ずっと僕に向いたままだった。


 ……見られている。


 さっきまでの“感じる視線”とは違う。

 真正面からの視線だ。


 隣で、ショートボブの一年生が、そっと口を開いた。


「あの……」

「ん?」

 桜先輩が身を乗り出す。

「私は……条鋼、凛です」

「え?」

 桜先輩が振り返る。

「え? 条鋼?」

「……はい」

「条鋼って、部長と?」

 斎。

「妹です」

「えっ!?」

 桜先輩が叫ぶ。

「なんで黙ってたの!?」

「言うタイミングが……」


 蓮先輩は一瞬だけ目を瞬かせて、すぐに頷いた。


「……そうか」

「はい」


 凛は、僕をちらっと見て、すぐに視線を落とす。


「……説明、分かりやすかったです」

「え?」

「……ありがとうございました」


 小さな声。

 でも、ちゃんと届く。


 悠が、ぐっと一歩前に出た。


「先輩」

「はい」


 距離が近い。

 物理的にも、心理的にも。


「質問、もう一ついいですか」

「……どうぞ」


「司令塔って」

 悠は言った。

「指示、全部一人で出すんですか」


 来た。

 核心。


「全部、じゃないです」

 僕は正直に答える。

「でも、最終判断は出します」

「……怖くないですか」

「怖いです」

「それでも?」

「……それでも、出します」


 迷いなく。


 その言葉に、悠は――笑った。


 すごく、嬉しそうに。


「……やっぱり」


 何が“やっぱり”なのか、分からない。


 でも、その言葉は、

 胸の奥に、少しだけ重く落ちた。


「少し、いいですか」


 悠は、僕にだけ聞こえる声で言った。


 人の少ない廊下の端。

 視線から外れた場所。


 凛が心配そうにこちらを見る。

 桜先輩は何かを察して、ニヤニヤしている。

 碧はいないのに、碧の“気配”を感じるのが不思議だ。


 悠は立ち止まって、僕を見上げた。


 距離が、近い。


「……昨日」

「昨日?」

「部活、ありましたよね」

「……はい」


 心臓が、少しだけ鳴る。


「全国大会、見てました」


 その言葉は、

 予想していたのに、

 それでも、胸に刺さった。


「……あの紙」

「私です」


 即答。


「一年の時」

 悠は続ける。

「配信で、先輩を見ました」

「……」

「盤面の見方」

「指示の出し方」

「味方の動かし方」


 言葉が、止まらない。


「“この人の指示なら、前に出れる”って」

「……」

「思ったんです」


 胸が、変に熱くなる。


「それで」

 悠は、まっすぐ言った。

「この高校、選びました」


 重い。

 重すぎる。


「……それは」

「後悔してません」

「……」

「先輩がいるなら」


 言い切る。


 逃げ道がない。


「……そんな、大した」

「大したことです」

 悠は即座に否定した。

「私にとっては」


 真顔。

 一切、照れていない。


「先輩の指示、好きです」


 ――来た。


 脳が、処理を拒否する。


「……え?」

「“好き”です」

「……どの?」

「全部」


 全部。


 全部、って何だ。


 恋愛の話なのか、

 尊敬の話なのか、

 どっちなのか分からない。


 分からないけど。


 心臓だけが、やたらとうるさい。


「……それは」

「逃げなくていいです」

 悠は言った。

「今すぐ答えなくていい」

「……」

「でも」

 少しだけ、声を落とす。

「一緒に、やりたいです」


 その言い方が、

 “部活”の話なのに、

 どうしようもなく甘い。


 横から、声が飛んできた。


「――で?」


 蓮先輩だった。


「入部希望、という理解でいいか」

「はい」

 悠は即答する。

「凛も?」

 蓮先輩。

「……はい」

 凛は小さく頷いた。


 桜先輩が拍手する。


「歓迎するしかなくない!?」

「うるさい」

「でもいい子だよ!」

「落ち着け」


 知世先生が、少し離れたところから言う。


「ルール守れる?」

「守れます」

「じゃあOK」

「……軽」

「軽でいいの」


 全部が、あっという間に決まっていく。


 でも、僕の中だけが、追いついていない。


 帰り道。


 遥はいない。

 碧はいない。

 でも、二人の気配は、確実にある。


「……朔」

 湊が肩をぶつけてくる。

「今日、やばかったな」

「……何が」

「全部」


 振り返ると、

 悠が凛と話しながら歩いている。


 凛が、ちらっとこちらを見て、すぐに目を逸らす。


 悠は、気づいているのに、

 気づいていないふりをしている。


 遥がここにいたら、きっと言う。


「……距離、近すぎ」


 碧がいたら、きっと言う。


「……ちゃんとケアしなきゃ」


 湊は、笑っている。


 そして僕は。


 何が起きているのか、

 まだ、よく分かっていない。


 でも。


 ――確実に。


 日常は、動き出していた。


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